第62話 宝樹の苗木

 浄化作業を終え、生配信を終了した煉その場に座り込んだ。『暴食』を使い続けた煉の魔力はかなり減っていた。ポーションで既に回復済みとはいえ、その疲労度合いはかなりのものであった。

 そのためダンジョン内で一番大きな樹の木陰でひと休みしていた。

 

「後はダンジョンボスが毒龍から変更されたかを確認したら帰国するだけか。確か1日半か。その間はどこのダンジョンでも探索可らしいからな。回れるだけ――」

「煉!」

「ん? ドリー? いつの間に来たんだ?」

「煉が寄りかかってる樹は『宝樹』。この樹が生えている場所なら私たちはいつでも来れるの」

「へー。『宝樹』を植えた地域が豊作になる伝説の秘密はそれか」


『宝樹』の効果で豊作になっているのではなく、『宝樹』によって来たドライアドによって豊作になっていたというのが伝説の真実なのだろう。


「これで森の再生はできそうか?」

「うん!煉のお陰。ほんとうにありがとうなの!」

「まあフィールド型ダンジョンにも神秘の森にも元々興味はあったし、同じ原初のスキル持ちの縁もあるしな。そこまで感謝されることじゃない」

「そんなことない。そんなことないよ…」


 生配信で森の脅威が去ったことを伝えつもりだったが、予想外の本人登場で少し動揺していた煉は、感謝から泣き出してしまうドリーをどう扱えば良いか四苦八苦する。


「これからどうするかはドリーの自由だが、『慈悲』の使い方は注意した方が良い」

「うん」

「嬉しいを与えて悲しいを貰うスキルなら、使う相手はドリーが与えた以上の嬉しさをくれて、一緒に悲しみを背負ってくれる人にすると良い。ドリーが損得無しに使いたいって思う人だな」

「分かったの」


 ドリーは涙を拭き、煉に近づく。そして煉が着けていた『ヴィーナスリング』をそっと外す。


「『慈悲』」

「おい、全くわかってないじゃないか。あまりぽんぽんと『慈悲』を使うとまた利用されるぞ」

「うん。分かったの」

「まあドリーのスキルだから自由にすればいいけどな」


 ドリーのお陰で疲労感も消えた煉は一旦ダンジョン外に帰還することにした。ドリーからどうしてもと渡された『宝樹の苗木』を持って。


 ―――――――――――――――

 

 とある建物内で1人の男がパソコンを見ていた。すると助手らしき女性が声を掛ける。


「どうかされましたか主人マスター?」

「ああ、オランダの実験動物ペットが倒されたようだよ」

「オランダ? ああ、『毒龍』ですか。毒を無効化する探索者でも現れましたか?」

「いやいや、その程度の輩じゃないよ。最近話題の煉だよ」

「煉…ですか。竜王殺しの…納得です」

「『毒龍』が倒されたってことは『理想郷計画』も潰される可能性が高いね。残念だなー。アレは結構手間が掛かってたのに」

「そうですね。どうされますか?」

「どうもしないさ。理想なんて、踏み潰されるためにあるもんだからね」


 男は終始満面の笑みで画面に写る煉の姿を見ているのだった。

 


 

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