第54話 理想郷計画

 不可逆型ダンジョンの最期を堪能した煉はこっそりとダンジョンから脱出した。煉の気配遮断は、ダンジョン入口を囲むマスコミたちには感知できないため、簡単に突破することができたのだった。

 

 東京に住む来栖の元に足を運んだのは福岡ダンジョンを踏破した週の土曜日であった。目的は勿論、今回ドロップしたスキルオーブ。これの解析をお願いしに来たのである。


「前に1つ解析したからねー、解析自体は早く終わるとおもーよ。待ってる?」

「お願いします」

「あ、そーいえば種ごとの基本的な対処の仕方を解説する動画見たよー?」

「そうですか」

「まーあ、いつもどーりずれてて面白かったよ」

「そうですか?」


 今回の福岡ダンジョンで種に応じた特性の理解もマナーの一種では無いかと感じた煉は、負担にならない程度で種に応じた対処方法の解説をいつもの実践形式で動画にしたのだが、いつも通り初心者用と疑う動画になってしまっていた。

 スライムの特性、対処方法の解説するために用意したモンスターが『粘性帝エンペラースライム』であったのだ。勿論、スライム種の解説なので『粘性帝』固有の能力の解説等はせず、スライム種に共通する特性、対処方法について解説していたのだがそれでもである。

 

 ただ、解説は初心者向けの内容なのに実際の映像は特級探索者の実力を遺憾なく発揮している。このギャップが煉チャンネルの魅力でもある。

 また煉が動画配信のために上層でも弱い部類のモンスター、スライムをわざわざ狩るなんてことはあり得ないので、スライム種の解説を撮ろうとすればこの映像は必然だったのかもしれない。


「それにしてもレンレンもすっかり配信者だね…配信と言えば昨日投稿された動画――見てないかー」

「何のことか分かりませんが見てません」

「そくとー、潔いね。えっと『理想郷計画ユートピア』で検索してみてー」

「え、はぁ。また今度」

「面倒がらないでよー。まあレンレンにはまるっきり興味の無さそうな話だけどね」

「はい」

「知らないでしょー。えっと…これ!」


 全く検索しようとしない煉の目の前にスマホをつき出す。そのスマホの画面内にはそれなりの人数が映っていた。その中には煉も見たことある探索者も数名だがいた。国籍は見た感じバラバラであるが、日本人も混じっていた。


「これがなんですか?」

「ないよーが問題なんだよ。彼ら国や協会からの独立を目指してるんだよー」

「独立? 国でもつくるんですか?」

「似たようなもんかなー?」


 来栖が言うには、すでに拠点となる場所は存在するらしい。デボン島という無人島だという。何でも『理想郷計画』のメンバーの1人がこの島にあるダンジョンを発見したことでこの計画が始まったのだと言う。

 すでにこの無人島を所有する国とは話をつけており、協力関係にあるらしい。

 彼らが目指すのは探索者による探索者のための探索者の国作りであり、虐げられたり、化物と呼ばれ恐れられたりした探索者を受け入れていくそうだ。


「よく分からないですけど、どうでもいいな」

「似たような組織はそれなりにあるからねー。でもメンバーは中々有名どころも参加してるよー。でも一番の問題なのはこーれ」

「どれです――俺?」

「そう。『理想郷計画』の参加候補者にレンレンの名前が載ってるの。問題でしょ?」

「問題ですね」


 動画の感じでは、既に接触を試みているような口振りであった。しかし煉には全く心当たりがなかった。


「よく自分に連絡取りたい人が優弥の方に連絡するらしいですし、今回もそっちに連絡がいったかもしれませんね」

「チャンネルのSNS か。そうかもねー」

「ちょっと確認してみます」

「そうだねー」

 

 スキルオーブの解析待ちで暇な煉は、優弥に連絡する。すると


「『理想郷計画』? それ前にそんな勧誘が来たよってメール見せたよね?」

「そうか?」

「そうだよ。断っていいって聞いたら、ああ…って言ったから断っておいたよ。まあそこから何回も勧誘メールみたいなのは来てるけどね。話だけでもみたいな」

「そうなのか」

「基本、無視してたけど?」

「そうしてくれると助かる」

「了解。もういい? 編集作業に戻りたいんだけど」

「ああ」

「じゃあね」


 勧誘の話を聞いていたそうだが全く身に覚えがない煉は、もう少し優弥の話を聞くようにしようと思うのだった。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る