第471話 兄って妹に甘いんです

「ねえねえ、にいさん」

 話をしている最中、ルナがキリーに話し掛けてきた。

「何ですか、ルナ」

 キリーがルナの声に反応する。

「私もにいさんみたいな武器が欲しいな」

 何事かと思えば、どうやらキリーの持っているドラゴンの牙と鱗を使った双剣を気にしているようだった。

「僕の持っている武器みたいなのですか? ですが、ルナは素手ではないですか。格闘術だと武器は必要なくないですか?」

 キリーが真面目にルナに返すと、ぶっすーと口を尖らせるルナである。反応は可愛いのだが、武器について話をしてくるなど、どうした急にというものである。

 ルナはどことなくキリーに対して対抗心を燃やす事がある。双子がゆえに負けず嫌いなところがあるのだ。おそらく、そういうところが顔を覗かせているのだろう。

「ですけれどね……。僕のこの武器はドラゴンさんのご厚意で頂いたものですし、ルナに使いこなせるとは思えないんですよね」

「むぅ……。だったら私もドラゴンと戦って倒してやるのですよ!」

 やけになっているのかとんでもない事を言い出すルナだった。横でヴォルグが顔を蒼くしている。

「ほらほら、ルナ。わがまま言っちゃいけませんよ。お父さんが心配しちゃってるじゃないですか」

 キリーに言われて、ヴォルグの方に顔を向けるルナ。確かにそこには、恐ろしい事を言う娘にドン引きするヴォルグの姿があった。

「パパ、ドラゴンくらい平気だからね?」

 違う、そうじゃない。

 とんでもないフォローの言葉を口にするルナに、キリーは顔に手を当てていた。もうなんて言っていいのか分からないのである。

 とはいえ、ルナの希望を叶えてやりたいと思うのは兄としての宿命だろうか。キリーはついついいい案はないかと考えてしまう。

 そこで思い出したのが、ブランの街でノームの鍛冶屋が話していた言葉だった。

『地脈に触れている鉱山なら』

 そう、地脈に触れていたという点で、ちょっとした心当たりがあったのだ。そこで鉱石が採れたなら、ルナが扱える装備が作れるかも知れないと考えたのだ。

 思いついたキリーは、早速行動に移す。

「すみません、お父さん、ルナ。僕、急用を思い出したので帰りますね」

「あ、ああ。こういうのもなんだが、気を付けて帰りなさい」

「うん、にいさん、またね」

 急に立ち上がってばたばたと屋敷を出て行くキリーである。珍しい姿だけに、ヴォルグもルナも不思議そうな顔を見合わせながらその姿を見送ったのだった。


 スレブを出たキリーは、エアレ・ボーデで移動を開始する。驚いた事に、キリーはスランをスルーして南方の砂漠を目指していた。

 そう、地脈に触れていた場所としてキリーが思い当たった場所とは、ヘキサが隠れていた洞穴の事だった。

 今でこそ地脈は元に戻ってはいるものの、長い間あの洞穴は地脈の魔力にさらされ続けていたのだ。もしかしたら、ドラゴンの素材に負けない鉱石が採れるかも知れない。キリーはそう考えたのである。

 いつも以上にエアレ・ボーデを飛ばしてシュトレー渓谷を超えるキリー。スレブからなら4日間は掛かるところを、さらに1日短い3日間で砂漠までたどり着いたのだった。

 エリエ・エンヴィアで場所を確認しながら進むキリーは、日の暮れないうちに例の洞穴へとたどり着いた。地脈の乱れはなくなったので、目の前にあるのはただの洞穴である。

 魔法で明かりを取りながら洞穴へと入るキリー。特に動物や魔物が住み着いている気配はなかったので、洞穴の中で落ち着いて鑑定魔法を発動させる。

「……やっぱりそうですね。これならいい装備が作れそうです」

 キリーは目的が達成できたと、表情を明るくしていた。

 早速魔法を使って岩肌を削り取っていくキリー。洞穴の一番奥は、ほぼすべてが地脈の影響で変質していたために、実に採り放題である。

(これをハンマスさんに持っていけば、きっと立派な装備にしてくれるでしょうね)

 わくわくが止まらないキリーだった。

 鑑定魔法を頼りに、できる限りの量を確保するキリーである。

 長年地脈にさらされていたがために、状態が安定しているというのは実に思わぬ朗報だった。

 魔力を多分に含んだ鉱石といえば、代表格は魔法銀だろう。しかし、この地脈によって変質した鉱石は、その比にならないくらいの魔力親和性を持っているらしい。そういう性質があるからこそ、ノームは魔法銀ではなくこちらを口に出したのだろう。

「まだまだ量があるみたいですから、いろいろ試せそうですね」

 キリーは満面の笑みを浮かべて、実に楽しそうにしていた。

 目的のものを回収したキリーは、ひとまずひと晩を洞穴で明かす。そして、朝になると早速エアレ・ボーデを飛ばしてスレブへととんぼ返りとなった。

「ふふふ、ルナが喜ぶ姿が目に浮かぶようです」

 まるで自分の事のように喜ぶキリー。傍から見れば怖がられそうな状態なのだが、エアレ・ボーデで空中に居て、なおかつ移動速度も速い。キリーはその不気味な姿を誰にも見られる事なく、無事にスレブへ飛んで戻ったのだった。

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