第470話 お土産を持って

 一夜明けて、キリーはベッドから起き上がる。

「おはようございます」

「おや、おはよう。よく眠れたかい?」

 1階に降りて、宿のおかみさんと挨拶を交わすキリー。

「はい、よく眠れました。さすがは商業ギルドの近くで営業するだけありますね」

「はははっ。だけどね、お嬢ちゃん。ここに店を構えたのは商業ギルドができるよりかなり前なんだよ。店の品質はその頃から変わってないのさ。私のひいばあちゃんから受け継いでいる由緒ある店だからね、手抜きなんてのはできないのさ」

 キリーの感想に、笑いながら話をする宿のおかみさんである。

「奴隷商が居たせいで一時期街の雰囲気が悪くなったけどさ、それでもあたしはこの街が好きだから今まで頑張ってこれたし、これからも頑張っていこうって思うのさ」

 明るく話すおかみさんである。その姿を見る限り、本当にこのスレブの街が好きなんだとキリーは思った。

「本当にすごいですね。この街を見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます」

「ははっ、やだねえ。別にそこまで言われる事じゃないさ。キリーちゃんはこれから領主様、……いや、お父さんに会いに行くつもりかい?」

「おっと、ご存じでしたか」

 おかみさんの言葉に驚くキリーである。

「有名な話だよ。ほら、領主様の娘であるルナ様がいらっしゃるでしょ? 彼女が全部話してくれるからね」

「もう、ルナったら……」

 おかみさんの証言に、なんだか恥ずかしくなるキリーだった。なんで知られているのかと思ったら、犯人はルナだったのだ。もうこれは苦笑いをするしかなかった。

「一緒に住んでいないっていうのに、仲がいいもんだねぇ。羨ましいよ、そういうのは」

 おかみさんは両腕を組んでうんうんと頷いていた。何かあったのだろうかと思うキリーだが、他人の事情ゆえにあえて踏み込む事はしなかった。キリーも最初の頃に比べれば、ずいぶんと成長したものである。

 会話を終えて、キリーは朝食を食べると宿を発ったのだった。


 朝は早い時間ではあるものの、特に他に用事はないのでスレブの領主邸へとやって来たキリー。

 領主邸の衛兵たちにはしっかり顔が知られているので、キリーは顔パスで領主邸へと足を踏み入れる。しかし、まだ朝が早すぎた事もあってか、屋敷に足を踏み入れても応接間に通されてしばらく待たされる事となった。

 だが、キリーはとても大人なので、おとなしくヴォルグやルナたちがやって来るまで応接室でじっと待ち続けた。

「すまない、待たせてしまったようだな」

「にいさん、おはよう」

「なんで、来たんだよ」

 ヴォルグ、ルナ、ガットの3人が揃って姿を見せる。ガットは相変わらずの口の利き方である。そして、ちゃっかりヴォルグとルナの2人から怒られるガットである。

 お決まりともいえる光景に、キリーはついつい苦笑いをしてしまう。

「ところでキリー、今日は何の用で来たんだ?」

 ヴォルグは気を取り直してキリーに用件を尋ねた。

「はい、実はブランの街に行ってきたので、そこで仕入れたものをお土産に持ってきたんです」

「ブラン?」

「ノレックの街からさらに北上した場所にある街です。鉱山があるんですよ、ブランには」

「ほう、鉱山か……」

 キリーの説明に、ヴォルグは興味を示した。だが、すぐに地形的な条件を見て顔色を曇らせた。

「うーむ、ブランからだと距離がある上に高低差もすごいな。これでは普通に運搬するにはかなり厳しい条件だな。ただでさえ、ノレックから木材を運んでくるのだってかなり危険だからな」

 冷静にいろいろ考えられるあたり、さすが領主と言えよう。鉱石を仕入れる事は魅力的なのだが、運搬に伴う危険性は軽視できるものでない。それゆえに、この話に乗る事はできなかったようだ。

「お父さんならそう言うと思いましたよ。ただ、今回僕が少しばかり購入してきましたので、そちらをお渡ししておきますね」

 そう言いながら、キリーは机の上に例の鍛冶工房で仕入れてきた鉱石を並べていった。

「すごい、どれもこれも純度が高い……」

 ルナが反応していた。おそらく鑑定魔法を使ったのだろう。

「ノームの職人が居ましたので、彼と交渉の上買い付けてきたんです。せめてお父さんの周りの人たちの装備だけでもいい装備をと思いましてね」

「そうか、それはありがたい」

 キリーの気遣いに、ヴォルグはちょっと涙ぐんだようだった。

「ルナにはこれをあげますね」

「何だろう」

 ルナはわくわくしながらキリーを見る。

「髪飾りですよ。ルナも少しはおしゃれをした方がいいと思いましてね。僕たちの髪色によく合うリボンを買ってきました」

 ルナはリボンを渡されて少しがっかりしたよう表情をしていた。一体何を期待していたのだろうか。

「むぅ、にいさんとお揃いの帽子がよかったな……」

「何を言ってるんですか。僕の帽子はメイド、つまり使用人の服装ですよ。ルナは領主の娘なんですからダメですよ」

「ちぇー……」

 相変わらずキリー大好きなルナである。口を尖らせて不満げにしていた。

 こんな反応をしていたルナだが、翌日からもらったリボンを着けて嬉しそうにしていたのは内緒である。

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