第469話 律儀な子
短時間ながらもブランの街を堪能したキリーは、エアレ・ボーデでスレブを目指して移動していく。
1人で空の旅をするキリーなのだが、かなりご機嫌な様子だった。
それというのも、ブランの商業区画を見ていた時に、いい感じの小物を見つけたからだ。ルナに似合うだろうなという理由で小物を購入したので、キリーはご機嫌になっているというわけである。無自覚ではあるけれど、実に兄らしい行動を取っているキリーなのだった。
ブランから実に3日でスレブに到着したキリー。ただ、到着した時間が遅かったがために、宿を確認するついでに商業ギルドへと向かった。
「ちょっと、何しに来たのよ!」
商業ギルドに入るなり、怯えたような態度を取られてしまうキリー。その態度を取った人物は、スレブの商業ギルドのマスターであるカネヤである。
カネヤはスレブを乗っ取ろうとしていた悪魔の親玉である。しかし、親玉である彼女の能力はかなり高く、方針転換後のスレブが順調な理由はこのカネヤの働き抜きには語れなかった。商業ギルドのマスターをするくらいにカネヤは話術に長けていたのが大きかったのである。
「そんな態度を取られると傷つきますね。僕はただ、今から泊まれる宿を探しに来ただけなんですからね」
カネヤの態度を咎めながらも、キリーは実に冷静に用件を伝えている。そのキリーの言葉を聞いて、カネヤはどうにか落ち着いたようだった。
「そ、そうか。しかしだ、君だったら領主邸に行けばいいだろう? 今からでも迎え入れてくれるはずだぞ?」
落ち着いたカネヤはキリーに冷静に指摘する。
ところが、この指摘に対してキリーは首を横に振っていた。
「僕は確かに領主の息子です。ですが、今は冒険者です。冒険者なら宿に泊まるのは当然ですし、この街の事を思えば街にお金を使った方がいいではないですか?」
キリーは真顔で自分の意見を述べている。
忘れているかも知れないが、キリーは律儀なのだ。それがゆえに、あまり特権を振りかざそうとしないのである。
カネヤはこのキリーの持論に面食らっていた。そして、突然笑い出した。
「はははっ、実に面白い奴だな、君は。領主の息子だというのに、実に殊勝な心掛けだよ」
「笑うだなんて失礼ですね」
涙が出るほどに笑うカネヤに、キリーはちょっとご立腹のようである。両手を腰に当てて、口を尖らせていた。
「いや、すまないな。……それで宿だったな。ここの2軒右隣が一番近い宿だ。商業ギルドの至近にあるために、宿のサービスもかなりいいからおすすめだぞ。その分、少々高くはつくがね」
「お金ならあるから大丈夫ですよ。なるほど、そんなに近くにあるんですね」
カネヤの紹介を聞いて、キリーはぶつぶつと考え始めた。
「まったく、末恐ろしい子どもだな。確かまだ12歳だろう? よくそんなにお金を持っているものだな」
「師匠がいいですからね」
カネヤの皮肉ったような発言に、キリーは真顔で返していた。キリーには意外と皮肉は通じないのである。
そんな真面目のキリーの答えに、カネヤはつい再び笑ってしまうのである。
「本当に面白い子だよ。あたいだって長く生きてきてはいるが、ここまで愉快な子は見た事がない」
「本当に失礼ですね。僕だっていい加減に怒りますよ」
笑いが止まらないカネヤに、キリーは本気で言っている。さすがに怒らせると怖いのが分かっているので、カネヤはどうにか笑いを堪える。
「悪かったね。でも、君を見ていて飽きないというのは事実だ。これからも君とはいい付き合いがしたいからもう敵に回る事はない、安心してほしいものだよ」
「本当でしょうね?」
「ああ、もちろんだ」
目を細めながらカネヤに確認を取るキリー。それに対して、カネヤは真面目に答えていた。
「下手な事をしてみろ。君の妹に半殺しにされてしまうよ。あたいだって死にたくはないさ」
カネヤは苦笑いをしながら言葉を続けた。これでようやくキリーは納得したようだった。
「とりあえず、そろそろ宿に行った方がいい。あまり遅くなると受け入れてくれなくなるからね」
「そうですね。それでは失礼しますね。宿を教えてくれて、ありがとうございました」
カネヤの言葉を受けて、キリーは頭を下げて商業ギルドを出て宿へと向かった。
キリーが出て行くと、カネヤは力が抜けたようにふらふらとしながら椅子に座った。
「まったく、天の申し子の相手っていうのは肝が冷えるもんだね」
ため息と一緒にぼやくカネヤである。
「しかし、これからが楽しみな子なのは確かだ。このままおとなしくして、どんな風になっていくのか見守るとしようかね」
カネヤは小さく呟くと、椅子から立ち上がってギルドマスターの部屋へと移動していった。
さて、キリーはというと無事に紹介された宿に泊まれたようである。ただ、少々時間が遅かったがゆえに、食事は逃したようだった。
そんなわけで、宿の部屋で収納魔法から取り出した食事を食べるキリー。そして、ルナに会う事を楽しみにしながらベッドで眠りに就いたのだった。
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