第468話 鍛冶屋での問答

 しばらく待つと、キリーの使っている双剣を打ち直してノームの鍛冶屋が戻ってきた。

「ほれ、できたぞ。それにしても若いというのに、ずいぶんと癖のある武器を使っておるもんだな」

 打ち直した双剣をキリーに返しつつ、ノームの鍛冶屋は率直な感想を漏らしていた。まぁ確かに、メイド服を着た少女が、ショートソードの双剣を振り回しているのは、あまり想像できるものではない。せめてもう少し年上になってから……とは言いたいところだが、そもそもメイドがショートソードを扱う事も稀だった。ダガー程度の短剣だとしても、素材としてはそれなりに重量があるから、そう考えるのが当然である。

「どう見ても鍛えているようには思えんのにな。人は見かけによらぬとは、事実なんじゃなあ」

 ノームの鍛冶屋は、キリーを見ながら楽しそうに笑っていた。

 ノームは精霊だ。それこそ悪魔やエルフたちのように長命である。今までにもかなり多くの人物を見てきたのだろう。それがゆえにノームの鍛冶屋は、キリーを見て楽しそうに笑ったのだと思われる。

「しかしだ。その双剣、思ったほどは使っておらんようだな。傷んではいたが、そこまで酷使したようには思えん。差し支えなければ、メインの方を見せてもらってもいいかな?」

 長生きしているだけの事はある。ノームの鍛冶屋は、キリーの出した武器がメインのものではないと見破っていたようだ。

 これにはキリーも驚いていた。ここまで見抜かれるとは、職人というのはなかなかに鋭い職業なのである。

 信頼できる職人が相手だ。キリーは打ち直してもらって双剣を収納魔法にしまうと、メインとして使っている双剣を取り出した。

 その双剣を見たノームの鍛冶屋は唸っている。

「うーむ、これ程までの見事な武器、見た事がないのう……」

 長い時間を生きてきたノームですら、はっきりと見た事がないと発言している。

「素材が何かを教えてもらって構わんか?」

 目を見開いてキリーに質問してくるノームの鍛冶屋である。キリーがそれを快く了承すると、ノームは感謝を口にして頭を下げていた。

「この武器の素材は、ドラゴンの牙と鱗です。たまたまドラゴンと戦う事がありまして、勝利した証として受け取ったのです」

 これにはノームの鍛冶屋は言葉を失った。

 このノームが元々居た世界でも、ドラゴンというのは伝説上の存在だからだ。そんなものに出会った上に戦い、勝利して装備品を手に入れたというのだから、そりゃもう驚きも尋常なものではないのである。思わず手に取って、その双剣をじっくりと観察してしまうノームの鍛冶屋だった。

「恐ろしく軽い上に丈夫だ。それに加えて魔力も馴染みやすいときている。わしも精霊の身ながらにいろいろなものを見てきたが、ここまでの素材ははっきりいって見た事がない」

 異世界の精霊であるノームですらこの驚きようだ。どれだけドラゴンにもらった武器が規格外なものであるのか、よく分かるというものだ。

「預からせてくれと言ったとしても、わしにはこの素材の事を解き明かすのは不可能だろうな。いかんせん世界が違い過ぎるというものだ……」

 ノームの鍛冶屋は唸って頭を抱え込んでしまった。長きを生きる精霊たる自分すら知らない素材なのだから、気になって仕方がないのだろう。

 ドラゴンの素材を目の前に、ノームの鍛冶屋は思い切り悩んでいた。様々な素材を扱うとあって、ドラゴンの素材というのは魅力的過ぎるのである。しかし、今見ている双剣はキリーの最強の武器であるのだ。装備を預かって持ち主を危険に晒すというのは、鍛冶屋としてはあってはならない事なのである。

 つまり、鍛冶屋としての興味と矜持とが、思い切りノームの中で戦いを繰り広げているのだ。

 キリーはその様子をついつい見かねてしまう。

「あのー……」

 キリーはノームに声を掛ける。

「なんじゃ?」

 声を掛けられたノームの鍛冶屋は、少しばかり機嫌悪そうに反応をする。

 しかしだ。そこでキリーが差し出した物を見るや否や、ごくりと息を飲んで目の色を変えたのだった。

「こ、これはもしや……」

「はい、この双剣と同時に頂いたドラゴンの鱗です。もらったのはいいですが、今の今まで使い道が思いつかなくて、ずっと収納魔法の肥やしになっていました」

 ノームの鍛冶屋の疑問に、ものすごく正直に答えるキリーである。これにはノームも驚くしかなかった。

「むむむ……、なんという不思議な感じのする鱗なんじゃ。これを貰ってもいいというのか?」

「はい、有効に活用して下さるのでしたら、僕としてはお金を取るつもりはありません」

 唸るノームの鍛冶屋に対して、キリーはものすごくあっけらかんと答えていた。だが、さすがにただでもらうわけにはいかない。商売人としての立場があるのだ。さすがにこれには食い下がるノームである。

「でしたら、僕の双剣の打ち直しの代金として引き取って下さい。それでいいでしょうか」

 キリーは最大限の譲歩を伝える。

「うーむ、それで手を打つとしようか。ありがたくちょうだいするよ」

 ノームの鍛冶屋は折れたのだった。

「そういえば名前を名乗っていなかったな。わしは一応ハンマスと名乗っておる」

「僕はキリーと言います」

「そうか。では、キリーよ。これに関して何か進展があれば、商業ギルドを通じてどこに居ても連絡がいくようにしておこう」

「分かりました。でしたら、スランの商業ギルドに連絡頂けるようにお願いします。僕はそこで暮らしてますので」

「分かった」

 というわけで、ノームの鍛冶屋ハンマスとの間での話に決着がついたのだった。

 鍛冶屋を去ったキリーはブランの街に1泊して、スレブの街を目指して帰路に就く事にしたのだった。

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