第129話 ハイスペック

 結局、眠ってしまったマオが目が覚めたのは翌日だった。

 目覚めた時に自分の置かれている状況に気が付いて、マオは声ならぬ声を上げた。

 それは、キリーの膝枕のせいである。その膝枕の状態でこくりこくりと眠るキリーの姿を見て、顔を真っ赤にするマオ。恥ずかしいったらありゃしなかった。

「マオ、起きたか」

「ひゃい、お父しゃま!」

 突然入って来たゴルベに、マオは驚いて噛み噛みの状態で返事をする。頭を急に起こしたマオだったが、どうにかキリーに頭をぶつける事態は回避できたようだ。

「すまない、驚かせてしまったようだな」

 慌てた状態の娘を見て、ゴルベは謝った。先の歪みの件では街を救った英雄だから仕方がない。

「それはそれとして、一体どうされたのです、お父様?」

 ひとつ咳払いをすると、マオはまじめな面持ちでゴルベに問い掛ける。

「いや、昨日の夕方からずっと眠っていたから、心配になって様子を見に来ただけだ。特に深い意味はない」

 父親として、娘を心配していただけのようである。マオも、なんだそうかと思いつつも、

「そうですか。それはご心配をお掛け致しましたわ。申し訳ございませんでした」

 と謝罪をした。

「それで、お父様。村の件はどうなりましたの?」

 マオはゴルベに尋ねる。マオはヴァルラの所へ来てからというもの、すっかりと頭の回転の速い聡い子となっていた。下手をするとビラロよりも領主に向いているかも知れないレベルである。

「お父様?」

 ゴルベが考え事をしていて反応をしないものだから、マオは更に念を押して尋ねる。

「ああ、すまない。村の事だったな」

 我に返ったゴルベは、とりあえず昨日の時点で決まった事をマオに話した。だが、マオは少し首を傾げているようだ。

「キリーさんの話では、稲の育成には水が必要ですわ。現状の自生分なら今のままでもどうにかなりそうですが、面積を広げるとなると、どうしても水源が必要になりますわよ? そこについてはどうなっていますの?」

 マオから鋭い指摘が飛ぶ。水田を広げるのであれば、確かに水が足りなくなってしまう。水魔法の使える魔法使いを集めてもいいが、面積次第では疲労が著しくなってしまう。そうであるなら、水を引いてくるか、湧水を掘るかという選択になってくるのだ。ゴルベはマオの能力に驚かされる。

 今居る場所から最も近い街はフェレスであり、この場所をフェレスの属地とする事にマオは賛成した。馬車で一日ならほぼ近所であるし、反対する理由がないからだ。

 マオが起きた事で、さらに稲作の村の計画が進んでいく。

 これだけ騒がしくなってくると、さすがにキリーも目を覚ます。

「ふわあぁ……。マオさん、起きたみたいですね」

 あくびをしたキリーは、魔法で水を出して顔を洗うと、さっさと朝食の支度をする。食料や食器などに関しては収納魔法で持ち歩いているので、いつでもどこでも料理ができるのである。メイドなら当たり前、……なのだろうか?

 キリーの作る朝食のいい匂いに、場に居た人物たちが惹きつけられる。

「キリーさん、起きましたのね」

 同じようにつられてきたマオが声を掛けてくる。

「はい、すみません、だいぶ寝過ごしてしまったようで。これではメイド失格ですね」

「いや、キリーさんは専属のメイドではないでしょう?」

 キリーが謝罪してくるのだが、その理由にマオは正直呆れてツッコミを入れてしまった。キリーはメイドにこだわり過ぎである。

 朝食を平らげると、午前中は村整備に向けた詰めの調整。必要な木材の量、人員の数、水源確保のための測量などなど、キリーやマオも含めて全員が慌ただしく動いていた。

 昼食を終えると、人員や木材の調達のため、ゴルベは一旦フェレスへと戻っていく。一方、キリーとマオは実質の指揮権を押し付けられて、そのまま村の建設の一員としてその場に残る事になった。

「私たちは別にこういう事をしに来たわけではありませんが、お父様から任されたのなら仕方ありませんわね」

 マオは両手を腰に当てて、困惑気味な表情をしている。

「僕は正直部外者なんですけれど、マオさんがやるのなら手伝うしかありませんね」

 キリーは柔らかな表情でマオの隣に立っている。

「マオさん、水源の事なら僕に任せて下さい」

「キリーさん、何か方法がございますの?」

 キリーが自信満々に言うので、マオは驚いてキリーに確認する。

「僕の感知魔法は地中にまで作用しますから」

 キリーはこう言って、地面に手の平を向けて感知魔法を使う。感知範囲が広いせいか、キリーの反応がしばらくない。

「……見つけました」

 つぶっていたキリーの目が、ゆっくりと開く。

「キリーさん、どこになりますの?」

 マオの質問に、キリーはゆっくりと指を差す。そして、数名の護衛を付けて、水源の方向へと向かった。

 しかし、そこで見たのは広い荒れ地だった。どこにも水らしき気配は見当たらない。不安がるマオたちだったが、キリーは次の瞬間、恐ろしい事をやってのけた。

「ジ・アーサ・プレサ!」

 キリーが魔法を使うと、目の前の荒れ地がベコンと大きく沈んで凹地となったのだ。キリーが使ったのは、範囲内を大きく陥没させる土魔法だったのだ。このショックで、凹地の中央からじわじわと水が湧き出してくる。なんと一瞬でキリーがため池を作ってしまったのである。

「さぁ、この水を使って水路を建設しましょう」

 キリーはにっこり微笑んでいるが、マオを含めた全員の開いた口が塞がらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る