第88話 服ひとつで変わるんです

 一週間が経過した。

 ヴァルラの家に商業ギルドの職員がやって来た。何かと思えば、スランクロース服飾店に注文しておいた服が完成したらしい。

「そういえばそんな事もあったな」

 ヴァルラはすっかり忘れていたようだ。

 この間も、マオはヴァルラとキリーの二人から魔法の稽古をつけられて、めきめきとその実力を伸ばしていた。才能はあったようなので、やはり環境が悪かったのだろう。魔法の精度も見違えるほどよくなった。

 あと面白かったのは、マオは悪魔という種族ながらにも、キリーに劣らないほどの属性の使い手だった事だ。光魔法も難なく使えている。これはなかなか居ない資質の持ち主のようだった。本当に、キリーといいマオといい、驚くべき存在は居るものようのだ。

 商業ギルドからの言伝を受け取ったヴァルラは、裏手の庭で特訓中のキリーとマオに声を掛ける。

「キリー、マオ、それにホビィ」

「何でしょうか、師匠」

 全員が動きを止めて、ヴァルラを見る。

「先日注文したマオの服ができたそうだ。一緒に見に行こうではないか」

「ほ、本当ですの?」

「うわあ、それは楽しみですね。行きましょう」

 思ったよりみんな乗り気のようである。というわけで、全員でスランクロース服飾店へと向かった。

「いらっしゃいませー」

 ララが相変わらず出迎えてくれる。

「やぁ、服ができたと連絡を受けたから見に来たよ」

 代表してヴァルラが声を掛けた。

「あっ、はい。奥の部屋にございますので、どうぞこちらへおいで下さい」

 ララに案内されて、店の奥へと移動していく。

「ヴァルラさん、お待ちしていましたよ」

 店の奥ではいい感じの年齢の夫婦が待っていた。ララの両親のようである。そのララの両親は、マオに目を向けて、この服のデザインの意図をすぐに理解した。

「なるほど、それで背中が大きく開いた服を頼まれたのですね。納得がいきました」

 ララの両親が見たのは、マオの背中の黒い翼だった。この翼があるからこそ、背中の部分は大きく開けざるを得なかったのである。

 さて、肝心のマオの新しい服は、このスランに来た時の服装をベースにしたものだが、長袖タイプと半袖タイプでそれぞれ3着ずつ作ってあった。スカート丈は膝が隠れる長さなので、これも今着ている服とそう大差はなかった。その横には、それに合わせるための肌着も3着用意してあった。

 だが、マオが困ったのは色だ。1着ずつはなんと白を基調としたものである。予想はしていたがやはりあったのだ。それに赤いラインの入ったなんとも悪魔のイメージとは真逆の服である。だが、色はともかくとして、フリルを使ったふわっふわなデザインは、まさにマオの気に入るようなデザインである。

 マオは後ろに回って背中部分を確認する。そこには背中の翼の部分を避けるように布がない。首の後ろでボタン止めするようなデザインになっていた。

 全部を確認したが、色が同じ物はデザインが同じで袖丈だけが違う。色が違うとデザインにも違いがあるようだった。色は白地に赤のポイント、空色に白のポイント、黒地に白のポイントという3色。デザインの違いは、……まぁ長くなるのでここではやめておこう。

 とりあえず、この場で1着試着する事になったので、一番自分には合わないだろう白い服を試してみる。

 しばらくして試着して出てきたマオの姿に、

「うん、よく似合っているではないか」

「はい、お嬢様っぽくていいと思います」

「似合っているのです」

 3人そろってべた褒めである。それを聞いたマオは、

「お世辞は……別に要らないですわよ」

 とても照れていた。顔が真っ赤である。これなら、本来の浅黒い肌でもよく似合っている気がする。むしろ空色の方が似合わない気がしてきた。だが、マオはその空色のドレスも見事に着こなしていた。性格がきれいだからだろうか。見事に全部の色の服を着こなしたマオは、とても嬉しそうに服の入った袋を抱えている。

「気に入って頂けて何よりです。またご注文がありましたらご用命下さい」

「うむ、これだけ喜んでいるからな。また何かあった時は頼む事にしよう」

 ヴァルラは受け答えすると、服6着分と肌着3着分の代金を支払った。オーダーメイドではあるし、なにせ背中が大きく開いた特殊な構造なので、思ったよりは値段がしたようである。だが、ポーションだとかで潤っているので、特に気にするような値段ではなかった。

「これであの恥ずかしい服を着なくて済みますわ」

 マオはうきうきでそう言っていた。恥ずかしい服とは冒険者用の服の事である。体のラインがはっきり出るし、露出もかなり多い。領主の娘というお嬢様にとっては、かなりハードルの高い服装だったのは間違いないだろう。

「まぁ、普段使いなら着る事はないだろうな。ただ……」

「ただ?」

「外で修行するとなったら、その服装では動きづらい。キリーくらい慣れていればいいのだが、最初の内はあれを着る事になるだろうな」

「うええ……」

 冒険者用の服を着る可能性があると聞いて、マオは本当に嫌そうな顔をした。

「うーん、メイド服で動けるキリーさんくらいのレベルには、早くなりたいものですわね」

 マオは本気で考えているようである。

「魔法の腕が上がれば、できなくはないぞ。魔法で無理やり服の状態を固定するという方法なんだがな。それができるようになると翻る事もなくなる」

「そ、そんな魔法がありますのね!」

 マオの食いつきが凄い。

「風魔法か土魔法の応用になる。まずは修行あるのみだな」

「はい、頑張りますわ」

「マオさん、その意気です」

「頑張るのですよ」

 新しい服を手に入れてご機嫌なマオ。そのせいか、この日の修業はいつも以上に身が入ったらしい。そして、調子に乗ったせいでキリーが手加減をしなくなって、疲労困憊で夕食も食べられずにマオは眠りについたのだった。

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