第113話 軽音部

 ———陽葵がいつものように最初に軽くキーボードに指を走らせると、


「おおおぉぉぉ——————」


 体育館が感嘆の声に包まれる。こういうイベントでは無愛想な陽葵も作り笑顔だがニコっとしてる。勧誘だからな。


 陽葵はそのまま一定の旋律を奏で続ける。そこにベースとドラムが入った。バスドラの音は陽葵がキーボードで代わりに弾いてる。左手は一定のリズムを叩きながら、右手一本で左手分の演奏もこなしている。それ程難しい曲では無いにしても、右手はとんでもない動きをしているが陽葵の表情は涼しげだ。ハッキリ言ってすげぇ!

 そして、ベースとドラムだが、音はスピーカーが小さい且つオモチャだ。安っぽいサウンドの筈なのに安ぽさを感じない。自然に身体に溶け込む感じ……違和感がないという表現が正しいかは分からないが、ここでは違和感が無いと表現させて貰う。この違和感がないことに違和感を覚える奴は一体何人いるだろうか? 


 そして俺のギターも音を走らせる! すると会場からは……、


「うめぇー!」

「正吾何気にスゲーな」

「あのちっちゃいアンプでこの音って……」


 俺は演奏しながら紗凪ちゃんに目を向けた。彼女は目を爛々とさせながら俺の演奏を。俺の手元をしっかり見て、感激しながらも技を盗もうとしている目だ。ちょっと技を繰り出すと表情が明るくなる。紗凪ちゃん結構知ってるって感じだ。ギター歴は短いみたいだけど、かなりやりこんでいるってのが表情から伝わる。


 そして最後に波奈々がショルダーキーボードを首に下げ、フィギュアと並んで同じポーズをして音を出す。陽葵はその曲のキーボードのパートの左手側の旋律を、波奈々は右手側の旋律を奏で始める。パートをスイッチした事すら気付かせないこのハイレベルな演奏。ハイレベル過ぎてスイッチした事に誰も気付いていない……流石に燈李は気付いたようだ。顔が「スゲー!」って言ってる。


「おおおぉぉぉ——————」


 そして再び体育館に感嘆かんたんの声が響く。


「マジであのフィギュアの凄さが分かるな」

「天使が二人いる……」

「あれ作ったのって、浅原さんの彼氏だろ?」

「マジ? あんな完全に見た目オタクな奴が彼氏なの? 俺、横取りできんじゃね?」

「やめとけ! 『浅原波奈々親衛隊』に潰されるぞ。あいつら彼氏ごと守るって豪語してるらしいからな」

「彼氏ごとって……その親衛隊に愛を感じるな……てか、この学校の美少女全員、外見で人見ねぇよな?」

「ま、聖女たる所以だな」


 全員の音が出揃う。演奏している曲はテレビでよく聴く一曲のイントロ部分だ。それを延々と繰り返してる。丹菜はそのBGMの前で部の紹介を始めた。


「皆さんこんにちは。軽音部副部長の葉倉丹菜です」


 すると体育館が騒めく。丹菜が副部長って意外だったようだ。俺らだって驚いてる。いつ丹菜が「副部長」って決まった? 皆に目をやると、皆ビックリした顔でそれぞれに顔を合わせている。


「今ここで演奏しているメンバーは全員三年生です。このまま誰も入部しないとこの部は廃部になります。去年も言いましたが、この部は私達が一年の時、この部を創部した当時の三年生から『自分達が創部したこの部を存続させて欲しい』とお願いされ、我々が入部して一時的に部を引き継ぎました。

 今年で私達も引退です。私達は昼休みは必ず部室にいます。楽器が演奏できる方、バンドに興味のある方、歌に自信のある方は気軽に軽音部の扉を叩いて下さい。以上、軽音部でした」


 丹菜が話終わると、開放感みたいなのをちょっと覚えて、アレンジを加えようとしたら、丹菜が間を置かずに軽いジャンプをして着地と同時に手を振り下ろした。これをやられるとバンドマンは反射的に音を止める……バンドマンのさがだ。”ピタッ“っと音が止むと……。


「おおおぉぉぉ——————!」


 体育館内に三度感嘆の声が響く。俺達が撤収すると、次は運動部だ。勿論フィギアはオタク君達が撤収してった。


 ・

 ・

 ・


 ———そして弓道部の番が来た。

 ここから弓道の専門用語が沢山出るが、用語はネットで調べてくれ。

 弓道着を着た男女数人が弓を持ち「足踏あしぶみ」の姿勢でステージの上に並んで立ってる。そして「巻藁まきわら」がその列の前に一つ置かれている。


 そして部の紹介の後、デモンストレーションが始まった。芳賀さんが巻藁の前、2mも無い位置に摺り足で歩いて立った。そして他の部員はステージ下に一列に並ぶ。


「———では、弓道の型の名称を紹介しながらこの藁の束……巻藁に矢を射ってみます。それでは……『足踏あしぶみ』……」


 最初の姿勢だ。


胴造どうづくり』……」


 向かって一番左の部員は「足踏み」の姿勢のまま、二人目以降は型を進めていく。


 三つ目四つ目と型は進み、ステージ下に並ぶ部員は左から順にその型で止まり、左から見ていけばコマ送りのように型の流れが分かる。

 芳賀さんは矢を放つため型を止める事なく一つ一つ進めていく。


「———『かい』……


 つるがキリキリと後ろに引かれる。そして———


「……『はなれ』! “ダン!”」


「おおおぉぉぉ——————」


 芳賀さんの手から矢が放たれ、目の前1mも無い位置にある巻藁に矢が打ち込まれた。距離は短いが結構な迫力に生徒から感嘆の声が上がる。


「『残心ざんしん』……『足踏み』」


 元の姿勢に戻る。かっこいい。


 因みに「離れ」の時、弦は左手の甲の方に”クルッ”と回らなくてはならないらしいのだが、どこかの誰かはそれを意識しすぎて大会本番で六つ左隣の的に矢が当たり、会場を沸かせたとか……。(嫌な思い出だ)


 紹介が終わりステージ袖に下がると一斉に芳賀さんんに対する声援が上がったが……「愛花お姉様」と言う声が圧倒的に多く聞こえてきた。後輩からの人気っぷりが凄すぎる。


 ・

 ・

 ・


 ———翌日の昼休み、軽音部の扉がノックされた……。

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