第60話 紹介

 ―――朝、俺と丹菜はいつもと変わりなくはなく、マンションを出た。


 俺は背中にギターを背負って登校だ。しかもアコースティックギターだから厚みがある。


「正吾君いいんですか? 目立ってますけど……」


「丹菜の彼氏ってだけで十分目立ってるから今更だよ」


 俺は丹菜見て微笑む。


「それに『なんの取り柄も無い奴をなんで葉倉丹菜は選んだんだ』って思われてるところもあるからな。『お前の彼氏として』ちょっとはやるんだぜって所を皆に見せたいってのもあるしな」


 丹菜は何だかんだで積み上げてきた「人望」というものががある。たかが俺如きのせいで彼女が積み上げた「人望」を潰すのは頂けない。「葉倉が選んだ御前ってやっぱスゲえ奴だったんだ」って皆に思って貰いたいよな。


 学校へ着くと周りから案の定、ちょっと声が聞こえてきた。


「葉倉さんの彼氏ギター持ってきてる……なんで?」

「弾けるの?」

「そう言えば、去年一回だけギター持ってきた事あったな」


 俺達は一度部室に寄って、ギターを置いてから教室へ向かった。そして、いつものように2-Aの教室前で別れた。


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 ―――午後になり、この時期恒例の新入生の歓迎会……と称した生徒会執行部からの説明会だ。


 全校生徒が体育館で椅子に座ってステージを見ている。俺は既にギターを手元に置いていた。当然、周りに奴は気にするわけで……


「あれ? 正吾君、ギター持ってどうしたの?」


「ん? ―――お楽しみってことで」


「ふーん……それじゃあ、楽しみにしてるわ」


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 そして、歓迎会のメインイベント、部活紹介の番が来た。


 始めに文化系……汗をかかないインドア系部活の紹介からだ。文化部の紹介は動きが無い。運動部は必ずデモンストレーションなりをして盛り上がる。なので運動部は自ずと後半になってくるというわけだ。


 去年、軽音部は、部の説明をしいてる隣でアコースティックギターでBGMを奏でていたのを記憶している。

 俺は去年と同じ事をやろうとしていた。それで「軽音部は活動してますよ」アピールをするわけだ。


 軽音部の番が近づいて来た。俺と空は舞台袖に入って待機している。実は俺、人前でアコギアコースティックギター弾くの初めてだったりする。


 軽音部の番が来た。俺はギターとパイプ椅子を持って、ステージに上がった。


 会場が少しどよめいている。


「正吾君ギター弾けたの? って軽音部だったの?」

「葉倉さんに毎日聴かせてるのかなぁ?」

「葉倉さんの彼氏になって調子乗ってんじゃね?」


 会場内は思ったとおりの反応だ。

 俺だって不本意だが、ギターが弾けたからと言って「葉倉丹菜の彼氏」に相応しい男に近づくかは分からないが、何か一つ出来るところ見せないと、丹菜の印象が悪くなる。


 俺は椅子に座り、足を組んでギターを構えた。そして空はステージに立つスタンドマイクの前に立つ。空の存在に二年生が騒めき出す。


「あの人、芳賀さんの彼氏だよね?」

「あれ? 小堀……あいつが軽音部?」

「何でステージ立ってんだ?」

「あの二人って前から思ってたけどどういう繋がり?」


 空は二年生の間では芳賀さんの彼氏として有名人だからな。そして意外な二人が「軽音部」だったのだからどよめきも更に大きくなる。


 そしてタイミングを見計らって、俺はギターをアルペジオで弾き始めた。

 その瞬間会場から「おお……」と驚きの声が上がった。


「御前君マジで弾けんだ。ちょっとカッコいい」

「マジかよ。しかもウメーな」


 会場中が俺のギターに聴き入っている。

 丹菜には部屋で何度も聴かせたギターだ。正直、丹菜ためだけにこのギターを使いたかったが……すまん。


 少ししてこのBGMの前で、空は部の紹介を始めた。


「新入生の皆さん、そして、二、三年生の皆さんこんにちは。軽音部です。私は軽音部部長の小堀です。

 私達の部である軽音部ですが、実は昨年度末……二月に縁あって、この部を創部した当時の三年生から『自分達が創部したこの部を存続させて欲しい』とお願いされ、我々が入部して一時的に部を引き継ぎました。ただ、『軽音部』として活動はしているものの、『バンドとして』の活動が出来ておりません。

 今現在、軽音部の部員は五人です。我々にこの部を託した先輩の為にも部を存続させるべく、部員を募集します。

 ただ、部の存続が怪しい中、入部の条件を出して申し訳ないのですが、入部希望者は、五名以上の構成からなるバンドを結成している者、そして実際に演奏出来る者に限定させて頂きます。

 入部希望者はいつでもいいので昼休み、バンドメンバー揃って軽音部部室まで来て、曲を一曲披露して下さい。

 我々は、その演奏に納得行けば、その人達にこの部を譲り、そして我々は退部します。

 創部した先輩の意思を受け継ぎたい人、是非軽音部へ。以上、軽音部でした」


 空が言葉を締めると、俺はギターの音を少し大きくして曲を止めた。


「葉倉さんの彼氏、特技持ってたんだ」

「何? あれで葉倉さん口説いたの?」

「小堀も楽器弾けんの?」

「しかし上手かったな」


 空の言葉は半分本音だ。

 本気でバンド活動をしている人に部を譲る。これは俺達全員の総意だ。ただ、折角できた俺達の居場所を手放したくないというのもまた本音だ。


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 イベントも終わって、みんな教室へ戻ってきた。

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