第3話 贈り物
部屋に着いた。
部屋の明かりをつける。
カバンをベッドの上に放り投げる。
ジャケットを脱いで、一応ハンガーに掛ける。
クロップドパンツを脱いでヨレヨレのジャージを穿く。
シャツを脱ぐ。
ブラを外す。Bカップしかない胸でもこんなもの着けていると窮屈だ。うるさい、ほっとけ。
ノーブラのまま床に放ってあったTシャツを着る。ちょっと臭うか?まあいい。
ゲーム機とモニターの電源を入れる。
冷蔵庫からストロング酎ハイを取り出し、プルタブを開ける。
プシュッ!・・・ええ音や・・・
酎ハイをグラスに注ぎ、それをひと口飲みながら座椅子に座る。
ああ・・・やっと落ち着いた。
これから寝落ちするまで、私の至福の時間が訪れるのだ。
「ピンポ~ン」
誰じゃァァァァァァァァ!
こんな時間に何の用だぁ~!!
玄関ドアのドアスコープを覗くと、宅配便のお兄さんが立っている。
「何だよ・・・宅配便?私、通販で何か買ったかなあ?」
ドアを開けるとお兄さんの視線が私の胸元に・・・
やべっ!ノーブラだった・・・一応ハズカシイぞ。
「坂口さんッスねー、こちらに受け取りのサインお願いしゃーっす。はい、ありがとうございぁーっす、これ、お荷物でーっす」
お兄さんがでかい段ボールの箱を重たそうに持ち上げて玄関先に置いてくれた。
「何だコレ?」
差出人の欄には「株式会社神様」と書いてある。
神様と言えば・・・ひょっとしてあのクソハゲオヤジかっ!?
そう言えばさっき牛丼屋で『もうすぐ僕からの贈り物が届くからね』とかほざいてたな。うぇ~キモッ!
でもこんなでかい段ボールを玄関先に転がしておいたら邪魔で仕方ない。
私は段ボールを持ち上げ、居間のテーブルの前に運んだ。つーかこれ、メッチャ重いんですけど。
さて、どうしたものか。
得体の知れないハゲオヤジから届いたと思われるこの段ボール。中身が何なのかさっぱり見当がつかない。
さっき受け取り拒否すれば良かった。
お兄さんの視線に気を取られて思いつかなかったぜ。
一体何が入っているんだろう?結構重いし。
どうしよう・・・でもちょっと気になる。
ダンボール箱を揺すってみる。
中からカチャカチャ、ゴトゴトと何かがぶつかる音がする。が、意外としっかり梱包されているみたいだ。
「ええい、ちょっと見るだけなら大丈夫だろ!」
好奇心を押さえきれず、私はカッターでダンボール箱を閉じてあるガムテープを切り、ダンボールの蓋をビビりながらそぉ~っと開けてみた。
色々な物がぎゅうぎゅうに詰め込まれているようだったが、まず一番上にA4サイズの紙が置いてあった。
その紙には・・・・・
----------------------------
坂口凛子様
拝啓
時下益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
平素は弊社製品をご愛用いただき、厚くお礼申し上げます。
さて、このたび実施いたしました”イケメン彼氏を造っちゃお!ドキドキ!分子レベルから造る、彼氏製造キット(EKM-0515)プレゼント!モニターキャンペーン”でございますが、
厳正なる抽選の結果、坂口様が体験モニターに選ばれましたので、EKM-0515及び付属カスタマイズキット一式をお送りいたします。
今後ともEKM-0515をはじめ弊社製品にお引き立てを賜りますようよろしくお願い申し上げます。
末筆ではございますが、坂口様のご健康をお祈り申し上げます。
敬具
株式会社 神様
(未婚者救済事業許可証 許可番号 神01-302001)
(天空大神 許可(特-23)第083574号)
EKMプロジェクト エグゼクティブプロデューサー
第三営業部 部長
神葉衣留
※ご注意
●本キットを使用される際には下記の事項に承諾していただいたものと判断します。
●本キットは、いかなる理由があってもご返品はできません。
●いかなる場合でも、利用者が本キットを使用したために被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。
●説明書に掲載されている情報については予告なしに変更、更新、削除することがあります。
----------------------------
なんじゃこりゃあ?
モニターキャンペーンなんて物に応募した覚えはない。
人違いじゃないのか?
いや、坂口凛子様って書いてあるしな。
「ボンッ!!!」
「わっ!」
目の前でいきなり鳴り響く爆発音、そしてそれに伴う白い煙。
その煙の中に現れたのは・・・
あのハゲオヤジだ!
「凛子ちゅわーん!どう?それ。気に入った?」
「なななんだお前!どうしてここに居る!どうやって部屋に入った!」
「いやいやいや、何をいまさら・・・俺は神様だって言ったじゃん!神様だからこんなことくらい朝飯前ッスよぉ」
「うるさい!出てけ!今すぐここから出て行け~!」
「まあまあまあ、そんなに興奮しないで、落ち着きなさいって、でーじょーぶだってぇ。何もしねぇからよ」
いきなりそんなふうに人の部屋に現れたら、そりゃ誰だってビックリするだろ!
どうやって入った?いつその手品のネタをこの部屋に仕掛けた?
「凛子ちゃん」
「何よっ!」
「ひょっとしてさ、今ノーブラ?」
ふ、ふざけんな!
私は胸を左腕で隠しながら、そこら辺に置いてあった空き缶やペットボトルや筆記用具なんかを手当たり次第にハゲに投げつけた。
だが、ハゲはいとも簡単にスイスイと避けてしまう。
「何で避けるのよっ!」
「だって俺。神様だも~ん。そんなの当たらねーよ」
ああ言えばこう言う、こうすればああする。マジむかつく。
「凛子ちゅわん、人前に出る時はブラは着けといた方がいいって!ホイ!」
ハゲがピンッ!と人差し指をはじくと、何か胸の辺りに圧迫感が・・・えっ?・・・ブラが着いてる・・・
うそ・・・うそうそうそ~!
「どうすか?これで俺が神様だってコト、信じてもらえた?ね、信じたでしょ?」
「お前、何か手品でも使ったんだろ?あ、そうか、お前はそうやって人を信じ込ませてモノを売りつける手品詐欺師だろ!図星だろ!警察呼ぶぞ!」
「手品じゃねぇーって!マジ現実だって!リアルだって!じゃあさ、凛子ちゃんの今日の行動を言ってみようか?」
「はあ?」
「まず朝は中目黒の広告代理店に直行してミーティングして山下新之助にハァハァして、帰りに岡田さんと一緒にミャンマー料理食って、その時に岡田さんから彼氏が出来た報告されて凹んで、会社に帰ってメールして見積もり作って広告チェックして、佐々木に飲みに誘われて断って、帰りがけにコンビニに寄ろうと思ったけど美紀ちゃんがバイトしてそうだから牛丼屋に行って俺と向かいのカウンター席に座って、部屋に着くなりカバン放り投げてジャージ穿いてノーブラで臭いTシャツ着て、宅配便のお兄さんに透け乳首見られて今に至る」
何なんだコイツ・・・私の今日一日の行動を完璧に言いやがった。
あ、そうか!コイツ、ストーカーだ、きっと。
私の事をずーっと見ていたに違いない。ずーっと付けまわしていたいたに違いない!
だから今日の私の行動を知ってるんだ。
「あ、あんたっ!あんた私のストーカーでしょっ!私に興味があるならそんなキモい事しないで正々堂々と言ってくればいいじゃん!何でそんな事するのよっ!」
「え?俺が凛子ちゃんのストーカー?」
「そうでしょ?それ以外考えられないじゃん!」
「え~~~、そんな事、ナイナイナイ。ねえわ~、ぜってーねーわ~」
「うそ!私に興味があるから今日もずっと私の行動を見張ってたんでしょ!ちょーキモイ!」
「いやぁ、あのさ、俺、貧乳に興味ねぇから」
てめぇ・・・言ってはいけない二文字を言いやがったな・・・
私の前で絶対に言ってはいけない二文字を、しれっと言いやがったな・・・
ぶっ殺してやる!マジで殺す!1000回殺してやる!そしてこの部屋に来た事を、心底後悔させてやる!
「お前、今何て言った?ああん?・・・今何て言ったのかって聞いてんだよ」
「え?・・・・・い、今っすか?あれ、何て言ったっけ・・・」
「何とぼけてんだよ。てめぇ、私の事”貧乳”って言ったよな」
「あ・・・言いましたっけ?」
「言っただろうが・・・ヘラヘラ笑いながら『俺、貧乳に興味ねぇから』って言っただろーがぁ!!」
「いや、その・・・すんません・・・」
「ああん?あんだってぇ?聞こえねぇなあ」
「・・・・・」
「聞こえねぇって言ってんだろうがぁ!このハゲオヤジ!」
「すすすすすみませんっ!ごめんなさいっ!」
「うっ・・・・・・・・」
「あれ?」
「うぇっ・・・グスッ・・・・・」
「あれ?凛子ちゃーん?どしたの?・・・おーい、凛子ちゃーーん」
「何で何で、何でみんなして私の事を貧乳貧乳ってバカにするのっ!そんなに貧乳がいけないのっ!何でよ!何で貧乳じゃダメなのさ!初めて彼氏とエッチした時だって、私だって、私だって初めてだから色々ロマンチックな事考えてて・・・ぐすっ・・・彼氏がお風呂から出てくるの先にベッドで待ってて、彼氏がお風呂から出て私の横に入って来て・・・うえっ・・・私にキスして、彼の手が私の胸の辺りに来て、その時に彼が『あれ?』って顔して・・・ううう・・・いきなり掛け布団をめくって私の胸を見て、そんで彼が何て言ったと思う?『凛子ちゃんて、お父さん似なんだね』って・・・ううう、うえっ、ぐすっ・・・・お父さん似って・・・初めてのエッチなのに『胸がお父さん似』って言われたのよぉぉぉぉ!それから事あるごとに男どもから”匠のワザ、鏡面仕上げ”だとか”奇跡の絶景「ウユニ塩湖」”だとか”原子力空母の飛行甲板”だとか”レーザー水準器で測ってみたい”とか”寝たらフェラーリよりCD値低い”とか散々言われて、私だって、私だって好きで貧乳に生まれてきたワケじゃないのよ!好きでBカップになったワケじゃないのよぉぉぉぉ~!うぇ~~~ん、びぇ~~~うわ~~~ん」
「凛子ちゃん」
「な、何よっ!グスッ・・・グスッ・・・」
「本当にBカップなのか?」
「何よ、私がBカップじゃいけないの?」
「本当に、ナチュラルにBカップなのか?」
「あの・・・寄せて・・・上げて・・・思いっきり寄せ集めて・・・B・・・」
「ウソはいかんな」
「ううう・・・・・うえ~~ん、ごめんなさいごめんなさい!だって、だって、下着売り場のお姉さんだって『こうやって寄せればホラ!立派なBカップですよ。毎日こうやってカタチを整えてやればだんだんと下着に合うサイズになりますよ』って言ってたもん!」
「なったか?」
「へ?」
「下着売り場のお姉さんの言う通りになったか?」
「・・・・・なって・・・ない・・・ううう、うえ~~~ん、びぇ~~~ん!」
「いいんだよ、もう泣かないで凛子・・・君はそのままで、そのままの君でいいんだ。胸にとまった蚊が滑り落ちようと、君の胸の前だけ時空の歪みが生じようと、そんな事はどうってことない。大切なのは、そんな凛子を宇宙イチ愛してくれる彼氏を見つける事だ・・・・・そしてその為に、このダンボールに入った”イケメン彼氏を造っちゃお!ドキドキ!分子レベルから造る、彼氏製造キット”を、僕は君に贈ったのさ・・・さあ、勇気を出して、箱の中身を見てごらん」
私はハゲに言われるまま、ダンボール箱の中身を取り出して絨毯の上に並べてみた。
20年前の少女漫画か?と思われるような微妙なイラストが表紙に描かれた中学の教科書くらいの厚さのマニュアル。
中に液体が入った1~7までの番号が貼られているペットボトル。
何やら不気味な粉が入った色とりどりの子袋。
赤、青、黄色のフタが付いた計量カップのような入れ物。
棒状のペンライトのような物
両単に端子が付いた黒いコード。
家庭用ゲーム機ほどの大きさの得体の知れない機械。
小さなジュラルミンのケース。
その他にもダンボール箱の中に色々な物がいっぱい詰めてある。
「これは一体何なのよ?」
「まだ分からないのかい凛子ちゃん。これはだね、君の理想の彼氏を造る”彼氏製造キット”なんだよ。君は今日から、このキットを使って将来のパートナーを造るのさ」
「はあ?何で私なのさ?私以外にも彼氏の居ない女なんていっぱい居るじゃん。私じゃなくてもいいじゃん」
「それがなぁ、凛子ちゃんじゃなきゃダメなんだな、これが。いいか?これから俺が話すコト、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」
「はあ・・・」
「この世界な、今凛子ちゃんが生きてるこの世界な、この先しばらくすっと色んな国同士で大喧嘩し始めちまうんだな。何かヤベー爆弾とかバンバン撃ち合っていっぱい人が死ぬの。でもな、そんな時に『まぁまぁ、皆さんそうカッカせんと仲良くしましょうや』みたいな感じでその大喧嘩を止めるスーパーヒーローみてぇなヤツが出て来るんだわ。コイツはちょースゲェヤツでな、頭が良くて性格も良し、料理上手で床上手、正にスーパーヒーローなんだけどよ、そいつの母ちゃんってのがな、凛子ちゃん、アンタなんだよ」
「はぇ?私?」
「おう、おめぇだよ。でもな、今の凛子ちゃんって毎日ストロング酎ハイ飲んでコンビニ弁当食ってゲームやって、男っ気なんて全然ねぇじゃん、あ、乳もねぇか!あひゃひゃひゃひゃ!」
「・・・・・」
「このままで行くとな、凛子ちゃんはずーっと彼氏も出来ねえままで寂しく一生を終える事になっちまうんだな。そうすっとさ、スーパーヒーロー生まれて来ねえじゃん、この世の救世主が生まれて来ねえじゃん!これってヤバくね?俺達神様の間でも『これってマジヤバくね?』みてぇなハナシになってよ、どうすっかコレ?ってみんなでミーティングしたんよ、新橋駅前のドトールで。でな、んじゃあ、『こうなったら凛子ちゃん自身で理想の彼氏造ってもらって、そいつとエエ感じになってポンポン子供生んでもらったらエエんちゃうのー?』ってなハナシになってよ、このキット届けたんだわ、うん」
「すいませんちょっとなにいってるのかよくわかんない」
「まぁ、えーからえーから。あんま深く考えなくてもえーからよ、取り合えずこのキット使ってみ?悪いようにはしねぇから。神様ウソつかない」
「はぁ・・・」
「何かわかんねぇコトがあったらよ、そのマニュアルにお客様相談室の電話番号書いてあっからよ、そこに電話かけて質問してや。お電話番号をお確かめのうえ、おかけ間違いのないようにご注意ください。また、お電話でのお問い合わせ受付は年末年始、夏季休暇を除く月曜から金曜までの13時から22時となっております。お時間によっては混雑している場合がございますので、その場合は時間をおいてお掛け直しいただくか、メールによるお問い合わせをご利用ください」
「・・・・・」
「じゃ、俺はこれで帰るわ。この後よ、会社の新人歓迎会があるんよ、トリキで。しょっぺぇよな、もっと豪華なトコ予約しろっつーの。せめて養老乃瀧くらいにしろっつーの。あんま変わんねぇか!そんでな、今年の新人でな、ひとりメッチャかわいい子が居るんだわ、かわいいだけじゃなくてよ、ここだけのハナシだけどよ『おっぱいでけえんだわ』うひょひょひょ!ウワサによるとよ『Gカップ』だって!くぅ~~、たまんねぇな、シビレちゃうな、オイ!Gカップだよ、Gカップ!もうバインバインしちゃうんじゃねぇの?ちょっと歩いただけでバインバインしちゃうんじゃねぇの!バインバインどころじゃねぇか!バイ~ンバイ~ンか!うひょひょひょ」
「うるせぇ!このハゲ!とっとと帰れ!」
「あ!怒っちゃった?ひょっとしておっぱいネタで怒っちゃった?メンゴメンゴ、なんつって。あ、そうだそうだ、これを凛子ちゃんに渡すように営業部から頼まれてたわ、はい、これ」
ヤツは私に小さなビニールの袋を渡してきた。
「何よ、これ?」
「それな、初回モニターキャンペーンのプレミアムグッズだわ、レアだぜ。じゃ、俺は帰るわ、またね~! --- ボンッ!!!---」
爆発音と白い煙。ヤツの姿は消えていた。
何だったんだろう。まったく意味が分からない。スーパーヒーロー?その母親がアタシ?アホか。
私は絨毯の上に置かれたマニュアルを手に取り、表紙をめくってみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます