第60話

side リュミエハーツ。


「もう一つの赤い円環…」


太宰府裏ダンジョンがある場所に赤い円環が立ち上っているのが見えた。

福岡に二つの円環が浮かんでいる。


遠くからの地響きがなる。


モンスター達の雄叫びや侵攻の音がここまで聞こえる。

数万に及ぶモンスターの群が福岡市に迫っていた。


逆に福岡市から遠ざかる群が見えた。南へ向かっているようだ。

レイス達もそちらについて行っている。


悲鳴が聞こえる。


エマがレイスへの攻撃をやめて、太宰府から出てきたモンスターの群へと攻撃を始めた。

詠唱によって強化された魔法が広範囲のモンスターを一気に貫く。


次々とエマの攻撃が放たれる。

だが。


「一人では焼け石に水ですね…。それに」


言ってるそばからエマと紬が移動していた。


「むぅ」

「距離とるよ」


流石にあれだけ攻撃を加えればヘイトを買うか。


前衛組で突撃させるわけにも行かない。

数万の軍勢にそんなことをすればいくらリュミエハーツでも一瞬で死ぬ。


相手をばらけさせればいいが、そうすれば民衆にさらなる被害がでる。

こちらの効率だけを考えれば、民衆を事実上の肉盾にすればいい。


もちろん、そんな判断は下せない。


「援軍は?」


ことを起こす前に確認しなければ。

ダンジョン協会の情報を得ていた紬が答える。


「中国地方防衛部のダイバーがこちらに向かっている。それと一般ダイバーも」

「中国地方防衛部? 九州は?」

「九州の半分と四国防衛部は熊本に向かっているらしい。スタンピードの半分が熊本に向かったと」

「…?」


遥は紬から情報を聞いた。


「なるほど。…ここを処理しても、その後は8級のスタンピードが待っている可能性があると」


問題が、さらに複雑になった。


今ここで『英雄化』を使えば、福岡の市民は助かる。

だが、いくら『英雄化』でもあの大軍すべてを対処できない。


南へ向かったものの追撃までは不可能だ。

つまりその後の8級のスタンピードは止まらない。


しかも、5級、6級と大規模スタンピードが続いていることから、8級のスタンピードも大規模になる可能性が高い。


ここを切り捨てて、今すぐ熊本に向かえば、8級のスタンピードを防げるかもしれない…。


だが…。


私は判断を誤った。

異変を感じたとき、そのときに『英雄化』を使っていれば、こんなことにならなかった。


状況の変化に、冷静な判断をしそこねた。

私の、私の責任だ。


遥は歯噛みし、そして深呼吸を一つした。


「わかりました。スキルを使います。その後は頼みましたよ」

「…承りました」


杏奈が声をかける。

その顔は私の顔を見て泣きそうだった。


「行ってきます」

「…必ず戻ってきてください。拾うの大変なんですから」


『英雄化』


遥がスキルを起動し、彼女の体全体が輝いていく。

風が舞い起き、ふわりと浮いた。


モンスターの群の中を白い閃光が突き刺さる。



「お嬢様が『英雄化』を使いました。私たちは一度固まりましょう。救護をします」

「…わかった」


莉奈が最初に返事を返した。


リュミエハーツは集合し、魔物の群をみる。


「エマと紬は建物の上から援護を、私たちは逃げ遅れた人々の脱出路を作ります」

「いこう」


5人は動き出した。


町に残っている人たちを逃がしていく。

ビルに残されている人や、モンスター達に襲われている人達の盾となってすぐに離脱する。


たまに白い閃光が走り、モンスター達を魔石へと変えているのが見えた。


「福岡ダイバーイーツです! 我々も参加します」


ダイバーらしき5人組がリュミエハーツに叫んだ。


「人の移動を頼む!」

「はい!」


ダイバーイーツ。

食料配達をしていると言われるが、実際には自警団の人々だ。

彼らはダンジョンに挑戦し続けることはできなかったが、町の平和を守っている。


今回のことの始まりも、彼らの連絡が始まりだった。

暴れているダイバーを彼らが擁護したために、そのダイバーと交渉することになったのだ。


参戦したダイバーイーツ達は瑞樹達が救出した人々を護衛しながら安全な場所へと移動させる。


助けられなかった人もいた。

だがそれでも助けていく。


「ぐっ」と莉奈。

「ここは多い!」と紬。


対処しきれない場所を選んでしまった。

100体程度なら一瞬で倒せるが、それ以上となると処理できなくなる。


「諦めちゃダメだよ!」と瑞樹。

「ですがこれ以上は…」と杏奈。


リュミエハーツの5人が死んだ場合、元も子もないのだ。

この五人は絶対に落とすことができない。


いよいよ厳しくなってきたとき、目の前に閃光が走った。

目の前に数百といたモンスターが一瞬で倒されていく。


「遥!」と瑞樹。

「…すごいな」と莉奈。


閃光は一瞬で去っていった。


「救援を急ぎましょう」と杏奈。

「ああ」と紬。





遥は、ただひたすらモンスターを倒す機会となった。


『風天』

『木枯らし』

『雷陣』

『霰』

『流凪』


今まで身につけた技を呼吸をするよりも自然に用いて、ただひたすらモンスターを魔石に変えていく。


ただひたすら無心に、刀を、魔法を、技を振るう。


呼吸する度に何かが削れていく。

だがそれ以上に人の命は散っていっている。


無心の心にいらだちが走る。

それを忘れるために、さらに作業を繰り返した。







数十分後、敵の2万以上が遥一人に討ち取られた。


ほかにも遥がヘイトを稼いでいる間に、エマや時間を稼いでいる間に参加した一般のダイバーによる魔法攻撃により数千以上が討ち取られた。


後はばらけてわずかに残ったモンスターを莉奈達が掃討している。


「う…」


そして閃光は無事にリュミエハーツの元へと戻ってきた。


「遥! 大丈夫!?」


瑞樹が遥の肩を支える。


彼女の体はくたびれて、ダイバーとは思えないほどに弱っていた。

きれいに整っていた長い髪が一部白く変色していく。


一筋の白いメッシュを入れた髪になっていた。


「ええ…。 残りを制圧後、熊本に向かってください」

「後は任せて」


そして遥は気絶した。


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