第16話

「ぐ・・・」


俺は部屋の中でブリッジをしていた。あの手足を下にして腹を上にする姿勢だ。

学生時代にやった覚えはあるけれど、急にやると中々につらい。


別に急に健康に目覚めたとかそういうんじゃない。

邪神信仰に目覚めたわけでもない。


ただ、これをするとできそうな気がしたんだ。


「おお! でた!」


俺はステータス画面を覗くと、そこには『下級氷結魔術』があった。

やっとできた。苦節1時間。やっと一つスキル出せたぞ…。


あのダイバーたちに不法侵入だといわれて殺されかけた次の日、俺は仕事を休んで調査をしていた。

情報を吸収したダイバー達に擬態しながらスキルだけを取り出せないかを調べていたのだ。


あの後、家に戻ってスキルガッポガッポだと喜んでいたら、全然スキルを引き出せなかった。



・王級完全擬態

情報を得た対象に擬態する。情報は接種することで一定確率で取得できる。

情報取得率が高いほど擬態率を高めることができる。

情報は最低20%以上ないと擬態できない。

擬態率を高めるほど対象の姿、体形のコピー率が上がる。

王級はステータス、スキル、本能、知能のコピーまで可能とする。

最大擬態率100%



『王級完全擬態』による擬態は50%までなら本人の姿を変えるだけだ。

それ以上になるとスキルをコピーできるらしいのだが、先に知能やステータス、本能をコピーしてしまう。


スキルだけをコピーしようとしてもうまくいかない。

スキルはコピーできるものの一番奥にあるらしい。


スキルだけのコピーは、何というかは引き出しから奥の物だけを引き出そうとすることに似ている。

無理矢理手を突っ込んで引き出そうとすると、他のものがあふれてしまう。


こうなると簡単に擬態率が上がって別のものも引き出されそうになる。

ステータス程度ならまだいいが、いやそれもよくないけど、下手に知能や本能まで引き出されるのはだめだ。



大概の奴はステータスは俺より下なのでステータスまでコピーするのはまずい。

せっかくのレベル99の利点が失われてしまう。


それに本能までコピーするのも勘弁だ。

先ほどあの案内人の田中聡に60%で擬態をしてみると、家族のことが心配になった。


家族…。俺にはいないのだが、なぜか家族が心配になった。

正確には家族からどう思われるのかが心配になった。

見栄を張らないとやばいみたいな感情になる。


…あの人、家族に尻に敷かれていたのかな?

丸坊主にしてなんか悪いことしちゃったわ。


正直これは意識が汚染されているというか、浸食されているような感覚がするので避けたい。

そちらの方がスキルのコピーも簡単ではあるけれどだ。





俺は俺のままでコピーをしたい。擬態スキルと相反することをしているな。


この状況を何とかできないかといろいろ試していると、その相手に擬態して様々な行動を取ると引き出せるような感覚があったのだ。


そして試していたのが先ほどのブリッジだ。ちなみに擬態したのは女性ダイバーだった。

何でこうなるのかはわからない。ただ、なぜか心に触れるような感覚があったのは事実だ。


それでコピーしたスキルが『下級氷結魔術』だ。


「下級氷結魔術かぁ、どんなんだっけな」


俺はコピーできたスキルを覗いた。


下級氷結魔術:

氷結魔術の複数の基礎魔術を用いることができる。

…?


え? 説明これだけ? 本当に?


何でや説明さん。なんでこんな急に簡素に?

擬態の時はあんなに饒舌だったのに。氷結だけに冷たいのか?


試しにスキルを意識してみると、いくつかできそうなことが思い浮かんだ。


「ああ、なるほど。こういう感じか。」


下級氷結魔術の説明はボディランゲージ派らしい。


「試しにちょっと風呂場に行こう」


早速立ち上がって風呂場に行って試してみる。

俺は風呂場のドアを開けて手だけを中に入れてスキルを試す。


「むむ」


『下級氷結魔術』スキルを起動させて、腕を振るうと丸い球が出た。


体くらいの大きさの白い球が。


「あ、やべ!」


人間大の白い球は、俺の手から離れると風呂場の入り口から正面にある鏡にぶつかり、その表面をパキパキと凍らせていく。

そこから風呂場全体に染みわたるように氷の層が広がっていき、風呂場入り口から脱衣所までその氷の層は届こうとしていた。


俺は慌てて風呂場のドアを閉めた。

ふぅ・・・。あぶねぇ。


「思い浮かんだことの何倍もでかい球が出たんだが? どういうことだよ」


先ほどのスキルを意識すると説明のように頭に流れたのはボールだった。

大きさは野球ボールくらいだ。


先日のダイバーもそれくらいのボールを俺にぶつけてきたと思う。

そのボールを試しに飛ばそうとしたら、なぜか人間大のボールが出てきた。


何であんなにでかいんだよ。野球ならあのボール絶対デッドボールだろ。

ストライク一生取れないよ。


まぁいいか。

どうせレベル99故のあれだろう。あれがあれしたんだよ。知らんけど。


とにかく、下級氷結魔術は説明だと野球の球くらいの大きさのボールを使って、それを小分けにして放ったり平たくして、針として飛ばしたり、壁にしたり、地面にぶつけたりなんてことができる。


これが複数の基礎魔術らしい。


手元に出した一つの丸い球をあれこれしてできることが下級魔術の範囲らしい。初級は丸い球のみか。


これは他の魔術もそうなんだろうな。炎とか水とかでも。


とりあえず、これはこれでいいか。他のダイバーのスキルも試してみよう。





一度やったからか、今度はスキルを引き出すための行動の模索が速かった。初回1時間が今回は40分だ。


ちなみに次にやったのは案内人の田中聡だ。

彼の擬態では、足を交差させて手を額にして片目で遠くを見据える、なんてポーズでスキルが習得できた。

…中二病のポーズか。なんでだろ。あの人はこれが心に響いたんだろうか。


ただ擬態中にこのポーズをするとすごくテンションが上がった。よくわからない。


そして引き出せたスキルが『中級剣術』だった。

剣術といえばファンタジー定番スキル。ダイバーでもよく使う人が多い。


「よし、試すか」


そして試そうとして、俺は家の中を見渡した。剣がどこにも置いてなかった。

そりゃそうだ。一般家庭に剣は置いていない。置いてあったら通報だ。


「え、ひょっとしてファンタジー定番スキルは一般人には無縁なスキル?」


とりあえず、カッターで試す。無理だ。発動の気配がない。

割りばし… これも無理だ。チャンバラはできるのに。


俺はキッチンに行って、さびた包丁を取り出した。

一人暮らしを始めて自炊をするぞと意気込んで買い、三日坊主の被害者になった哀れな包丁だ。


「お…。おお? ギリギリ?」


ギリギリ行けるよう感じがする。包丁はどちらかというと短剣なのかもしれない。

スキル説明を見てみよう。


中級剣術:

ベテランクラスの剣術が可能となる。

うん。何となくわかってたよ。説明文が短いことは。

そして俺が使おうと思い浮かべると、出来そうなことが思い浮かぶ。


「ふーむ。こういうことか。よし、つか・・・」


スキルを使おうと思って、俺は先ほどの下級氷結魔術の一件を思い出した。

想定では野球ボールほどの大きさが、放つと人の大きさになり、風呂場一帯が凍るほどになった下級氷結魔術。


さぁ、これで下級から一段上の中級の剣術スキルで何かを切ったらどうなる?

切れ味がよくなるだけか、それとも…。


…大丈夫? 俺の住んでいるところ、ぶった切られない?


「…やめとこう」


ファンタジー定番スキルのお披露目はまた今度だ。

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