第10話


「ふのいち! さのに!」


田中聡のおそらく符丁を使った指示により、囲んでいた人の二人がさらに距離を取り、その魔石がはめられた薄い手袋から丸い何かをそれぞれが飛ばしてきた。


飛んでくるのは野球ボールくらいの大きさの何か。

速いが避けられないことはない。


よく見ると一つは冷たそうな感じ、もう一つは粘着質っぽいがする。

一つは氷結魔法とかそういうのか? もう一つはよくわからん。



迫るその何かを俺がひょいと避けると、後ろから固い何かで殴られる。


「え?」


眼の端で見えたのはライオットシールドを振り回している男だった。

勢いのわりに痛みはなく、ダメージもほとんどない。

勢いとダメージの不一致に少し困惑する。


だが、その勢いに押されて体制が崩れ、俺は洞窟の地面に倒れた。

口に土が入り、土の味がする。


その倒れた俺の首に、薄く魔力の光を放つ漆黒のブレードが振り下ろされる。


え? え? え?


迫る刃に思わず俺は眼を閉じて体を守るように手を振り上げてその刃を受ける。

そして不安からか、魔力が大きく漏れ出していた。


振られた刃は俺の腕に接触した部分がつぶれていき、ボキンと折れた。


「「「なに!?」」」


刀が折れることなんてありえない。

周囲の人間は驚きのあまり固まった。



「なんだこいつ! どんなスキルを持っているんだ?! 《堅固》か?!」

「にしては硬すぎる!」


やばいやばいやばい。

なんか余裕ぶっこいてたら即死コンボされてた。生きてたけど。


驚いている君たちには悪いが俺はもっと驚いている。

さっきまでの余裕の表情はない。心臓バクバクだ。

恐怖で足に力が入らなくなってきた。


こりゃやべぇ! いったん逃げるぞ!



俺が慌てて立ち上がって、腰の抜けた足でドタドタとゲートの向こうへ逃げようとすると。


「ふのさん!」


という指示が飛び、また距離を取っていた人間の手袋がきらりと光り、地に何かが走った。

すると走ろうとした俺の足元に穴が開いて、力の抜けている俺の足は見事にそこにはまり、こけた。


そこに俺の頭をつぶそうと、めちゃくちゃ重そうなハンマーが振り下ろされる。


今まで人の殺気をまともに食らったことのない俺の心はすでに死にそうだった。


俺は何とか頭を守るように両手をのせてまた魔力を使う。


ごんっと重い音がして、ハンマーの平らだった部分が俺の両手の形にへこんだ。

またもや周囲から驚いたような声が聞こえた。


「りのいち!」


そして指示により全員が距離を取る。今の一連の流れで襲撃者の全員が察した。こいつは無理だと。


(…どうする?)

(なんだこいつ…)

(私たちの攻撃力では、無理)


全員が視線でリーダーの田中聡に様々な感情を訴えていた。

そして田中聡は後ろに手を回した後、何か機械をいじり、再び号令を出した。


「えのぜん!」


全員が絶望的な表情をしながら攻撃を再開した。







案内人の田中聡にとって今日の出来事は不幸だった。


ダンジョン協会警備部不法侵入対策課。

そこに所属している彼は、ダンジョンに不正に入る小物をとっつかまえることを仕事にしていた。


今回の対象、藤堂茂は見た瞬間から怪しさを感じ、そしてポックルを潰すなんていう事件を起こしたので調べたら、偽名だった。

『霞網』(かすみあみ)という監視システムによって、本名を知らずともそいつが藤堂茂だということが分かった。


ビンゴだな。こいつは侵入するだろう。

万が一のために増員を頼んで待機する。


今日来なかったら住所調べて手配書だ。


違法で悪質なダイバーを人知れず抹殺する組織は確かにある。

だがそれはここじゃない。そもそも第1級の初心者ダンジョンに来るレベルの雑魚を殺すわけがない。

ダイバーだって有限なんだ。更生できるなら更生させるべき。


彼にとって今日の予定はいつも通り、ステータスをもって不法侵入してきた悪ガキをビビらせて捕まえ、いつも通り更生施設に送る。


…それで終わるはずだった。





だが、その予定が崩れた。

最初に同僚が飛ばされたときに、明らかにこいつはレベル10以下の雑魚ではないということに皆が気づいた。

あの無造作の手押しにより吹き飛ばされた同僚の姿。こいつは下手したらレベル30以上ある可能性がある。


高レベルでなおかつ違法な存在に対しては、ダンジョン協会の警備部は全員が殺傷許可を持っている。

俺は即座に抹殺することにした。油断してこちらに被害なんて出たら目も当てられない。


なぜこんなところに高レベルの可能性のある奴が来るのか。

疑問は出たが、今は考えている時間じゃない。それよりも速やかな排除だ。


だが、それはできなかった。

ステータスのわりに素人臭い動きをしている奴に対して必殺コンボを仕掛けたら、折れることなんてめったにない刃が折れた。


吹っ飛んでいく刃を呆然と見送る。

あぁ…、始末書だ…。


あまりの出来事に思考が斜め下をいった。今そんなことを考えている場合じゃないのに。


ひょっとしたら、ひょっとしたら俺らよりもレベルが上かもしれない。

それか非常に有用なスキルを持っているか? いや発動らしきものは見えなかった。


そんな疑問が出たが、今は考えている時間じゃない。むしろ考えてはいけない。

それよりも速やかな排除だ。


冷静に。チームは冷静に行動した。


次に《中級槌術》スキルを持ち、チームで一番の火力を持つハンマー使いに攻撃を指示したら、手の形にハンマーがへこんだ。


もう無理だ。帰りたい。

絶対にあれ素のステータスだけではじいている。バケモノだ。


何でこんなバケモノがこんなところにいるんだ。俺らの管轄じゃない。

目の前に現れたバケモノに、田中聡の頭の中は本音がぐるぐるとめぐりはじめた。


定時すぎてるんだぞ。こんな時間までなんで待ったんや。あほだろ俺。

俺には家庭があるんだ。だからつらく苦しい潜入部なんて離れて、楽な部署に移ったのに。


普段は案内人やその補助をやって、集合がかかった夜にちょろっと小物を捕まえてボーナスをもらう。

そんな楽な仕事なのに。


ここにいる他の奴らもそうだ。

皆前線から逃げてきたけど、手厚い保障と給料が欲しくてダンジョン協会を離れられなかった奴らだ。


逃げるか?


そうちらりと思うと同時に、頭の中に俺を何度も半殺しにした鬼教官の顔が思い浮かんだ。いや無理だ。


それにここで逃げたら絶対に給料が下がる。下がるどころじゃない、最悪クビもある。

初心者ダンジョンに襲撃者なんてめったに来ないし、ここまで高レベルが来たなんて話も聞いたことがない。

理由を言っても誤魔化していると思われるだろう。


増員を頼んだ記録は残ってるんだ。だから逃げたことは明らかになる。

何で増員を頼んだんだ、俺。


耐えるしかない。

俺は本部から渡されている、本当に緊急なときに出せる通信機のスイッチを押して指示をする。


「えのぜん!」

(援軍が来るまで現状維持)


チームの士気が3段下がったのを感じた。多分しばらく無視されるだろう。

ひょっとしたら叙〇苑おごらされるかもしれない。いいだろう。だが耐えてくれ。

俺の家族のために、もっというと俺の家庭内の立場のために。


先日あんな事件が起きたために大概の精鋭は今はスカイツリーダンジョンに取られている。

だが緊急時ならあそこから最短40分ほどで来てくれるはず。


あと40分…。


予備の武器を構え、壊さないように慎重に戦い続ける時間。


ダンジョン協会警備部不法侵入対策課【埼玉宝登山ダンジョン】所属にとって長い40分が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る