第9話 お見舞い
―――大宮楽器店での練習から二日。
「陽葵さん、おはようございます」
「あ、丹菜ちゃんおはよう」
あの練習以来、私と陽葵さんは名前で呼ぶようになった。
ついでにメンバーの人達も名前で呼んでいるが、学校では呼ばないようにしている。―――トラブルになるからとの事だ。
「トラブルになる―――」も、なんとなく分った。既に、女の子達が私達の「名前呼び」について、色々噂しているのだ。これが、男の子の名前を呼んだら、多分その男の子は大変な事になるというのは、流石の私も理解出来た。
私は今までクラスの子を始め、誰も名前で呼んだ事が無い。そして、私の事を名前で呼ぶ人もいなかったのだ。
別に名前の呼び方一つでそんなにザワつかなくても良いと思うんだけどね。
”―――キーン、コーン、カーン、コーン……”
予鈴がなった。
―――HR。
「―――えーっと、今日は御前が休みだな」
え? 隣の部屋の御前さんがお休み?
そう言えば、いつも、学校に行く時間は殆ど同じだから、駅のホームとかで必ず見かけるんだけど……今朝見かけなかった。どうしたんだろう?
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―――翌日。
……今日も、見かけなかった……なんかあったんだろうか?
”―――キーン、コーン、カーン、コーン……”
―――HRが始まった。
「―――今日も御前が休みだ。風邪らしいからな。季節の変わり目は風邪引きやすいって言うから、皆も気をつけろよ」
風邪か……御前さん一人暮らしで大丈夫かな……殆ど関わったこと無いけど、流石に隣の部屋……しかも同じクラスの子が一人暮らしで病気って聞いたら、ちょっと気になるよね。帰ったら様子見てみるか……。
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学校が終わって、いつものようにマンションに真っ直ぐ帰ってきた。
カバンを部屋に置いて、隣の部屋の呼び鈴を押す。
”―――ピーンポーン”
――――――暫く待つが、出てくる気配が無い。
もう一度押してみる。
”―――ピーンポーン”
”――――――ガタッ!”
「―――!」
中から物音が聞こえた。生きてはいるようだ。
でも、そこからなんの音沙汰も無い。
私は、ドアノブに手を掛け、ゆっくり動かした。鍵は掛かっていない。そしてドアをゆっくり開けた―――!
「―――御前さん! 大丈夫ですか!」
部屋の中を見ると、廊下の途中で御前さんが倒れていた。
私は急いで、御前さんに駆け寄った。御前さんは意識が朦朧としている。
「……あれ? 天使が迎えに来た……」
「何言ってんですか! 葉倉です。頑張って立って下さい。ベッドに移動します」
朦朧としている御前さんをなんとか立たせ、寝室のベッドへ寝かせた。
「―――御前さん、大丈夫ですか?」
「―――水……」
私は、キッチンへ行き冷蔵庫を開けた。何もない……けど、封が切られていない水のペットボトルがあったので、彼の身体を起こし、それをゆっくりのませた。
「―――ふー…ありがと。葉倉さん…どうして?」
「さすがに、一人暮らしのお隣さんが二日も休めば気になります」
「……そっか、ありがと」
「食事とかどうしてますか?」
「……その『十秒でチャージ』な奴……」
「ダメじゃ無いですか。―――食欲ありますか?」
「……うん……結構お腹……空いてるかな?」
「分りました。ちょっと寝て待ってて下さい」
私は、一度部屋に戻って、食材と常備薬などを持って、御前さんの部屋に戻った。
「タオルあります?」
「……タオルは……そこに干してある」
「これ借りますね。あと洗面器も借ります」
「……いいよ、なんでも好きに使って」
私は洗面器にお湯を入れ、ベッドの側にタオルと一緒に置いた。
「まず、体温測って下さい。そのあとこれで身体拭いて、出来れば着替えもして下さい」
「……有り難う」
私はキッチンへ行き、食事の準備をした。その間に、彼は身体を拭いて、着替えを終わらせたようだ。
「(しかし、部屋中ちらかっているな……)」
座る空間はあるにはあるが、正直、床に座りたくは無い。そんな部屋だ。
食事も出来、御前さんの元へ持って行った。
御前さんは、横になってはいたが、起きていた。
「体温、何度ありました?」
「……38度6分」
「全然高いですね。これ、食べて下さい」
「……有り難う」
作ったご飯は病人には定番「おかゆ」だ。
ただ、まだ熱い。御前さんは、おかゆを冷まそうと息を吹きかけるが、ちょっと辛そうだ。
「ちょっと、レンゲ貸して下さい」
私は、彼が持っているレンゲを取り上げ、適量おかゆを掬って、ふーふーと冷まして彼に差し出した。
御前さんは、なんだか食べるのを躊躇っている。
「食べないんですか?」
「……あ、食べます」
そう言って、私が差し出したレンゲに口を付けた。
「……美味い」
「当然です。因みに、男の人にご飯作ったの初めてなんです。十分味わって食べて下さい」
「……それは光栄だ」
そうである。叔父さんに振舞った事は合ったけど、あれは、「叔父さん含む家族みんな」に振舞ったのであって、一人の男性の為だけに料理を振舞ったのはこれが初めてって事になる。
そう考えたら、なんだか、急に恥ずかしくなってきた。
「……ごちそうさま」
「全部食べましたね。良かったです。それとこれ、忘れてました。『ピタッとシート』、おでこに張るんで、前髪上げて貰って良いですか?」
私は彼を背にしてシートのフィルムを剥がし、額に張ろう振り返った―――。
「――――――え?」
私は驚いた。なんで?―――なんでトゥエルブさんが、前髪を押さえてそこに座ってるの?
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