第7話

 火車は僕の術にかかっている。

 呑気に僕の後をついて来る。警戒心すら感じない。

 蔵へと入る。ここには奴を迎え撃つ準備もしてある。

「ここだ」

 と言って入っていく。

「血生臭さいな」

 と、火車は呟いた。

 蔵には出刃包丁を隠してある。見つかった場合に使うためだ。今がその時だ。

「奴はいねぇな」

 と、火車の声が後ろから聞こえた。馬鹿だな。ここにいるぞ、と叫びたくなる。その代わりに出刃包丁を奴へと突き刺した。はずだった。

「陽炎って知ってるか?」

 火車のシルエットが揺らいでいる。信じられない。僕が都合の良い夢を見せられているのか?

「知らないならそれで良いんだ。今日は気分が良い。饒舌にもなるさ」

 火車は笑いながら近づいてくる。腹から血は流れている。急所は外したが、それでも脇腹を斬り裂いてた。

「いつから、気がついていた」

「月神はなぁ。俺の拳は避けねぇよ」

 何を言っている。死なないにしても痛みはあると聞いている。まともに受ければ鼻が折れる程だった。馬鹿なのか、月神は。

「火車は死体喰らいしか能が無い妖怪だろ?1人で粋がるなよ」

「あぁそうだ。死体を喰うぐらいしか派手な事は出来ない。でもな、火を少し扱う程度はやれるんだよ」

 火車は歩いてくる。無手のこいつと出刃包丁を握っている僕とでは、明らかに僕が有利だ。

 それでも火車は大股で近づいてくる。まるで一刻も早く僕に触れたい様に。

 呆気にとられていると、火車の手が俺の髪を掴まれる。

「お前には感謝している。今日の月神は死ぬんだろ?殺せるんだろ?たとえ偽者であろうとも、月神を殺せて喰えるんだ。最高だ。夢なら覚めないでくれよ」

 僕は火車を刺した。流石に外しようがない。刺した傷口から血が流れ、シャツの腹部は血で紅く染まっている。ジュー、という肉が焼ける音がした。

 確実に僕の方が有利だ。火車、確か罪人を連れ去る妖怪だったか。その程度の妖怪の力などたかが知れている。

 僕は包丁で火車の顔を引き裂いた。頬の肉を切り裂く。血は流れるも直ぐに止まった。火車の傷口から流れる血は蒸発し赤い煙に変わった。火車の釣り上がった口が大きくなった。まるで口裂け女だ。

 何でこれで動けるのか。火車は不死身だとか、生命力が強い等という逸話はない。

 呆気に取られている内に手首を握られていた。激痛と共にミシミシと骨が軋む音が頭に鳴る。

 肘の骨が折れた。手首を握り肘関節の逆に力を入れる。柔術にみられるような技を火車は掛けていたのだ。 

 僕は痛みに耐えかね膝をついた。そして、火車の両手が俺の頭を固定する。

 顔に衝撃が走る。火車の膝が僕の顔を潰してくる。何度も、何度も火車の膝が襲ってきた。

「ハハハハ!!!」

 火車の愉しそうな声が部屋に響いた。顔の原形が崩れ去った頃、火車からようやく開放された。

「月神はなあ!この程度じゃ何も感じねえ。痛い痛いとは鳴くけどよ。それに対してお前はどうだ!月神の顔して心底怯えてやがる。お前も化け物だろ。この程度じゃ死なねぇのは知ってんよ。もっと付き合ってくれよ」

 火車はそう言うと僕の腹に手を当てた。徐々に熱が帯びていく。内側から焼かれているかの様な苦痛が次にやって来た。焦げ臭さが鼻を抜ける。

「良い顔だ。月神も今のお前と同じ様に口や鼻から煙を出してたな。最高だった。思い出したよ。ありがとう。月神の姿で死に怯える顔は想像以上にそそられる」

 肉が内側から焼ける。ボロボロになったそれを超えて内臓が焼かれていく。

「これでもあいつは死ななかった。お前もこの程度で死んでくれるなよ。まだ前戯だぜ。」

 いっそのこと今すぐ殺してくれ。何で僕はまだ死なない。

 内に燻る焔は喉元までたどり着く。火車の心底嬉しそうな顔が目に焼き付けられた。

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