第18話 美咲、兄の葬儀で夕張へ
私は売り込み活動を中断して急遽夕張に帰る事にした。一応先生に事情を話しておかなくてはならない。先生に告げたら驚いて、誰か一緒に付けようか言ってくれたが、大丈夫です。遠い田舎だし、母も気を使うと思うのでと、一人で帰る事にした。羽田から飛行機の中で兄と一緒に過ごした幼いころを思いだす。私は自分の事ばかり考えていた。兄は私より苦しんでいたのに、なんの相談もしてあげられなかった。私がこんなに落ちぶれていなかったら立派な病院で再手術し義足をつければ歩けたのに、そうすれば希望も見えて来たのに残念でならない。
私は千歳空港から列車を乗り継いで夕張駅(2019年廃止)に到着した。また一つ寂れた感がある駅だ。生まれ育った駅が寂れるのは本当に寂しい。私はそこからタクシーで向かった。既に兄の亡き骸は葬儀場に移されていた。私が到着すると母が棺の前でうなだれていた。私はそっと母に近づき抱きしめた。母も肩を震わせ私にしがみついて来た。一人でどんなに心細かっただろう。母親として子供に死なれるのは死ぬほど辛いと言うが分かるような気がする。
「美咲お帰り。ごめんな。忙しい時に」
「忙しい事なんかないよ。それより母さん大丈夫」
「大丈夫だけど美咲にたのみがあるの、私に代わって喪主を務めておくれ。私はとても耐えられない」
「分かったわ、私がなんとかする。それより兄さんの顔を見たい」
母は棺を開け白い布をとった。青ざめた兄の顏があった。私はその顔を触り思わず嗚咽を漏らす亡き崩れた。そんな事を考える余裕がなく追い詰められていたのだろう。葬儀場には親戚や兄の友人、私の友人などが来てくれた。この日ばかりは私の事を今どうしているのと聞く人もいなかった。
泣き崩れる母を支え、私は告別式の喪主として立っていた。本来は母がするべきであるが、とても今の母にはショックが大きいようで喪主が務まらない。私だって辛いが私がやるしかなかった。兄の死は本当に辛かった。それとここでもやはり落ちぶれたアイドルは空しい。友人や知り合いに合わせる顔がない。兄の不幸がなかったら帰る事はなかったのに。高校時代の友達数人だけは励ましてくれた。
「美咲、病気で歌う事が出来なかったのでしょう。プロダクションも薄情ね」
「でも、美咲。私達は応援するからね。唄う事も出来ず。お兄さんも亡くなりどん底だと思うけど、これ以上悪い事は続かないよ。頑張って」
「ありがとうみんな。今ね、昔世話になった先生にレッスンを受けているの。売れるか分からないけど、最後の勝負をするつもりよ」
友人の励ましは嬉しかったが夕張の街では私の噂が広がっていた。
「えっ矢羽美咲が帰って来ているの」
「なんでもお兄さんが自殺した、らしいの兄妹揃ってついてないわね。妹は忘れ去られたアイドルか」
「いっときは地元の英雄と持てはやされたけど哀れよね」
私はジッと耐えた。母に東京へ行こうと誘ったが、母は父と兄が眠る故郷を離れる訳には行かないと、頑として応じなかった。
「美咲、お前だって悔しいだろう。一度は世間に知られる歌手になったんだ。最後まで諦めず頑張りなさい。母さんは知っているよ。どんな思いで帰郷したか、母さんの心配はいいからもう一度、世の中を見返してやるんだよ。母さんは又お前の歌がテレビやラジオで流れる事を祈っているよ」
「ありがとう母さん。何も親孝行出来ない私を許してね。私きっと復活してみせるから」
それでも私は再び這い上がろうとしている。今では恥ずかしくて夕張の街も歩けない。あんなに帰りたかった夕張の街も今は色あせて見えた。私は逃げるように東京に帰った。
つづく
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