雨降りの放課後、大好きなねこ系美少女を拾った。離れたくないから一緒に住むことになった。

鈴音凜

第1話 雨降りの放課後、大好きなねこ系美少女を拾った

「うわっ、ものすごい雨! 予報では言ってたけどこんなに降るかね」

 部活も終わって帰りの時間、下駄箱から外に出てみるとものすごい雨が俺たちを襲う。


 一緒に部活を終えて外に出てきた後輩幼馴染の美樹も「うわっ」と驚愕の声をあげる。これはまずいぞ、風邪ひいちゃうな。

「美樹、傘持ってる?」


「え、持ってるけど……ど、どうしたの日向くん?」


「いや、俺2本持ってるから貸そうかと。でも大丈夫そうだな! それじゃあ美樹、転ばない様に気をつけて帰るんだぞ! こんな雨だし寄り道するんじゃないぞ! じゃあな、また明日! バイバイ、美樹!」


「……うん、また明日。バイバイ、日向君」

 そんな雨にかき消されそうな美樹の小さな声を背中に聞きながら、俺は急いで帰路に就くことにした。


 ☆


「ひええ、また強くなってきた。母さん洗濯物ちゃんと部屋の中に入れてるだろうな? 外だったらビショビショだよ、大丈夫かな……?」

 さらに音が強くなった雨の中を洗濯物が心配になって少し早足で歩く。


 高校に入ってから雨は俺―鮫島日向さめじまひなたにとってものすごく縁深いものになってしまった。日向って名前なのに実態は雨。

 入学式の日も雨、校外学習の日も、体育祭の日も、友達と遊びに行っても何をするにも雨雨雨……呪われてるんじゃないかってくらいにずっと雨。


 中学の時まではそんな事なかったのにいつの間にか雨男になってしまった……いや、これは俺の友達の方が雨に縁があるのかもしれないけど。

 でも俺一人の時で雨降ること多いし、多分高校生になって呪われたんだろうな、雨の神様に。きっといたずらごこころだよ、それにいばって電磁波。


「……はぁ」

 そしてこれだけ雨に縁があってもいつまでたっても雨は好きになれない。

 服は濡れるし、気分は憂鬱になるし、予定は色々狂うし。

 雨のおかげで状況が好転したことなんてほとんどないし、やっぱり雨は嫌いだ。


 少し落ち込んだ気分で、でも家には早く帰りたいから早足で大雨のせいでほとんど人がいない道をさっさと歩いているともうすぐお家、オレンジの屋根が雨で霞む視界の端にほんのりと見えてくる。


 あんまり濡れてはないけど一応家に帰ったらシャワー浴びて、いやまずは教科書とか道具とか大事なものが、でも最初は洗濯ものを見た方が……

「……あれ?」

 色々考えていた俺の頭にこの状況じゃ信じられないものが飛び込んでくる……いや、こんな雨じゃなくて小雨でもカンカン照りでも信じられない、そんな光景。


「……な、何やってんだ柊木?」

 こんな大雨の中、ご丁寧に「拾ってください」の文字をつけたくしゃくしゃのみかんの段ボールの中で。

 クラスメイトでよく遊ぶ友達、そしてもう一人の雨の呪いにかかっていると思われる美少女―柊木亜理紗ひいらぎありさが体育座りで雨に打たれていた。


 いつもの制服に猫耳パーカ、でもフードをかけずに黒くてキレイな長い髪を雨にびっしょり濡らして、俯いたまま俺の声にも無反応で。

「ど、どうした? こんなところいたら風邪ひくぞ!」


「……」


「柊木、何があったんだ、本当に?」


「……にゃー」

 柊木が雨に濡れないようにしゃがんで傘を差しだして話を聞くため顔を合わせるけど、でもそれでも俯いた顔からの反応はない。

 帰ってきたのは都合が悪い時に柊木がよくやる「にゃー」という猫の鳴きまね。


 でもその声もいつもの元気の良いお気楽な声じゃなくて、寒さに、他の何かに震えて今にも消えてしまいそうな小さな声で。

 いつも元気よく笑っている整ったキレイな顔も、気まぐれな大きな瞳も今は寒さに青くなっていて。


「……と、とりあえず俺の家来いよ! こんなところいても風邪ひくし、ほっとけないし! 俺の家がここから近いの柊木も知ってるだろ? だからいつも通り、俺の言葉に甘えてくれ!」


「……にゃー」


「にゃーじゃなくて! 風邪ひいたら俺も困るんだよ……ほら、立てる?」


「……にゃぁー」


「わかった……よいしょ⋯⋯ってびしょびしょじゃんかやっぱり! 傘一本しかないけど我慢してくれよ! 家すぐそこだから!」


「……にゃー」

 俺の差し出した手を取って立ち上がった柊木をそのまま傘の中に押し込む。

 ぴとっと引っ付いた肩と掴まれた腰に伝わる冷たい感覚……どんだけ長い時間外居たんだよ、柊木! マジで風邪ひいちゃうぞ、これ!


「柊木、もう少しだからな! しんどいかもだけど頑張って」


「……にゃ」

 相変わらずの猫語でか細く呟く柊木をギュッと傘の中に寄せ、いつもより長く感じる家までの数10メートルを急ぐ。



「にゃー……にゃー」


「……柊木、本当に大丈夫か?」


 

 ☆


「柊木、ちょっと待ってろ。今タオル持ってくるからな」


「……んにゃ」

 相変わらずにゃーにゃー言ってびしょぬれのまま玄関に座る柊木にそう言って、お風呂場までタオルを取るため早足で向かう。


 どんな事情があるのかはちょっと分かんないけど、でもあの濡れようだ。

 取りあえずのタオルは絶対に必要、戸棚の奥の「亜理紗ちゃんスペース♡」と書かれたスペースから引っ張り出す。


「はい、タオル。柊木がいつも使ってる奴だから安心して。あのふかふかのやつ、好きでしょ、このタオル? いつも使ってるもんね」


「……ん」

 タオルを渡すとプルプルと首を振りながらびしょぬれの身体をを拭く。

 そして見せる少し安堵したような笑顔……よかった、ちょっとは回復したみたいだ。だったら、ちょっと大丈夫かな?


「で柊木、何であんなとこいたんだ。何であんなことしてた?」


「⋯⋯にゃー」


「答えにくかったら答えなくてもいいけど。でも答えて欲しいな」


「⋯⋯にゃにゃ」

 ふるふると毛繕いする様に髪の毛を拭く柊木からは答えが返ってくる気配は全くない⋯⋯これもしかして俺が人語だからか? 


「にゃー!」


「⋯⋯どうしたの、鮫島くん?」


「第一声それかよ、急に冷静になるなよ、恥ずかしいじゃん⋯⋯」

 普通に喋れるのかよ……でもちょっと安心したかも。


「でもまあ良かった、話せるみたいで。じゃあ何回でも聞くぞ。どうしてあんなところいたの?」


「んにゃ……」


「答えてくれないかぁ……それならちょっと飲み物入れてくるね。あったかい牛乳でいい?」


「にゃぅー」


「OK,ちょっと待ってて」

 まだそう言う事は答えてくれないみたいなので、何か温まるものを取りに今度はキッチンへ。

 俺とお揃いの柊木専用の猫のマグカップに牛乳を注いで、電子レンジでぬるめに加熱。温かいミルクは口を滑らす潤滑油。


「ほれ、牛乳入れてきたぞ。猫舌だからちょっとぬるめにしてある」


「にゃー……あつっ!?」

 頭にタオルを載せた柊木に渡すと、一口啜ってペッと舌を出して……あれ、熱かった? 結構ぬるめにしたんだけど、柊木熱いの苦手だから。


「うん、熱い。ふーふー……んっ……ぷはっ……でも、美味しい」

 熱そうにふーふーと息を吐き、一口飲んで俺の方へいつも通りのニッコリ笑顔。

 うん、やっぱり柊木はこの笑顔が一番だ。

 柊木のキレイで可愛い顔によく似あう、だからこんな感じで楽しそうに笑って……


「……そっか、良かった! あ、あとそれ飲み終わったら風呂入って来いよ! 沸いてないけど、シャワーは使えるからさ!」


「……えっち」


「ち、違うわ! 制服もパーカーもビショビショだし、そんな濡れたままだと風邪ひくし! だからその変な意味なんてなくて、ただ柊木が心配で!」


「……ほんと?」


「ほんとだって! だからシャワー浴びて来てください、それにそのまま部屋あげると母さんにも怒られちゃうから! 洗えるものは洗濯機にぶち込んどいてくれたらいいから! 制服はハンガー掛けといて!」


「……にゃー」

 ……色々目に毒だったってのもあるけど、でも本音はそっちだから!

 ビショビショのカッターシャツに下着が透けてたとか、ピタッと服が張り付いて身体のラインがキレイに出ててやっぱりスタイルめっちゃいいなとか、そもそも濡れ制服が……いやいやいや、そんなのないから心配なだけだから!


「だからその……着替えも用意するし! 心配だから入って、マジで!」


「にゃー……ありがと」

 空のマグカップを俺に渡して、スタスタとお風呂場の方に歩いていく。

 良かった、助かった……のか?



 ☆


「わ……いやいやいや、しちゃダメだダメだ……ダメだよ!」

 リビングにいてもなんだか耳を澄ませばシャワーの音が……ダメダメダメ!

 そう言う事考えちゃダメ、柊木も困ってるんだし!


 それに柊木がうちのお風呂に入った事も家に泊った事も何回かあるじゃないか、毎週のように来てるじゃないか!

 初めて家に来た時も勝手に風呂入ってたし!

 それに遊びに行ったときも、先週も……いやでも、いつもは母さんも父さんもいたし、それに覗かない様にって目隠しにヘッドホンいつもされてる何もわからないけど。


 でも今はそんなのなくて、本当の二人きりで。

 あの時は意識してなかったけど、今は柊木の事が大好きで。

 だから誰もいない二人きりの家で、俺の好きな人がお風呂に……あ、そうだ着替え用意しないと!

 いつも着替え持ってない日は姉ちゃんの服着てるから今日も……ああ、ダメだ、姉ちゃんの部屋の鍵持ってるの母さんだけだった! 昔は破壊できたけど、今はロック厳重だし! あ、どうしよう、えっと……




「ひ、柊木さん? 今入って大丈夫でしょか?」

 シャワー音のはっきり聞こえるお風呂場の扉をノックし、少し大きな声で聞く。


「……覗き?」


「違うわ! 絶対違うわ、こんな堂々せんわ!」


「……こっそりはするんだ」


「それは言葉のあややで……もう、着替え持ってきたから! ここ置いとくから、これ着ろよ……俺の服だけどそこは勘弁で!」

 ガラッと扉を開けて脱衣所に着替えを置く。

 すりガラスの向こうにはほんのりと柊木のシルエットが……ダメダメダメダメ煩悩退散! 退散退散!


「ひひひ柊木、制服持ってとくぞ!」


「……えっち」


「だから違う! ここ置いてても乾かんから! だから持ってくだけ……あんまからかわんといて! ゆっくりシャワー浴びて温まれよ!」


「……ありがと」


「どいたま! という事でゆっくりしてください!」

 柊木の制服片手に急いで気持ち昂るお風呂場に出て、廊下に制服をかける。


「……んんん! ダメ!」

 ……濡れ制服ってなんであんな良いんだろう?

 取りあえず、柊木が上がってきた時に備えてジュースを用意しよう!

 確か母さんがいつも補充してた様な……



 ☆


「お風呂ありがと。温かくて気持ちよかった」


「お、おう、そりゃよかった! うん、良かった良かった!」

 少し悶々した気分でリビングのソファに座っていると、ふわっとした湯気とともに俺のTシャツとズボンを履いた柊木がタオルを首に巻いてとことこ隣に座ってくる。


 お風呂上り特有の揺らめくような匂いにだぼだぼの俺の服……破壊力すごいな、かがんだらちょっと見えそうだし! こんなの初めて、いつも着替え持ってきてるもんね! いつもは柊木の猫ちゃんパジャマだもんね!


「それに服もありがと……鮫島の服、大きくてぶかぶかだね」

 服の襟をぱたぱたしながら、ニヤリと笑って俺の方を見上げてくる……タイミングとかと言いわかってやってるだろ! 動揺するからやめてくれ!


「そ、そうだな! そ、そのあんまり着てない服だから安心してくれ!」


「ふーん……スンスン……ふふっ、鮫島の匂いちゃんとするけど」


「あんま匂いとか嗅ぐな! あとそれ絶対洗剤の匂いだから……ほら、柊木ジュース入れたから飲んで! お風呂上がりの水分補給大事だから!」


「ありがと……おー、ポンジュース! 私の好きなやつ」

 キラリと柊木の目が輝き、ゆらゆらとグラスの中の氷とジュースを見つめる。


「母さんが買っといてくれたの、柊木が好きだからって。冷えてないから氷入れてるけどそこは勘弁ね」


「そっか、私が好きか……えへへ、ありがと」

 キラキラのグラスを両手で持ってくいくいと喉を鳴らす……よし、大分いつもの柊木に戻ってきた、いつもの元気な柊木に。

 だからちゃんと聞いておかないと。


「……それで柊木、なんであんなことしてたんだ?」


「……」


「黙ってないで教えてよ……教えてくれてほうがこっちも色々できるし」


「……にゃー」

 ポンジュースを持ったまま、でも振り出しに戻るかのような鳴き声が聞こえる……もう、しょうがないな。


「まったく、柊木は……じゃあここらは僕の独り言。聞いても聞かなくても結構……柊木といるとさ、なんかいつも雨降ってる気がしない?」


「……んにゃ」


「ふふっ、そうだよな。体育祭も合宿も雨だったし、二人でサイクリング行った時も、野球見に行った時も釣り行った時も買い物の時も雨、始めてお出かけしたイルカショー見に行った時も雨で中止になったし……ホント呪われてるんじゃねえか、ってくらい雨に泣かされてるよな」


「……にゃぁー」


「そう言えば初めてうち来た時に会ったのも雨降りの公園だったよな? 雨打たれて、家帰りたくないみたいな……思い返せば柊木とのいつも思い出には雨がいる。ずっと雨降ってる」


「……鮫島」


「どっちが呪われてるかはわかんないけど。でも、このまま行くと修学旅行とかも雨降りそうだよな。日本でも台湾でも雨で……その前に行こうって言ってた夏の海も、夏祭りも、リベンジイルカショーも全部全部雨で……」


「鮫島! 鮫島! 私ね、私ね!」

 独り言と称して色々話していた俺の言葉を遮って、柊木が声をあげる。

 か細い声じゃなく、大きな声で……でもそこにはどこか悲哀が混じっている。悲しくて、泣きそうな色が見える。


「鮫島、私ね、私ね……」


「……大丈夫、ゆっくりでいい。柊木のペースでいいよ」


「うん……あのね、あのね、私ね!」

 振り絞るように、でもなかなか声が出ない様に。

 俺の方を見上げる大きな瞳にはうっすらと涙が浮かんで。


「……柊木」


「あのね、鮫島、私……家出したんだ……ううん、家出したいんだ」


「うん……ん?」


「家出したいんだ、私……私ね、このままじゃ遠くに引っ越しちゃうんだ……みんななと……鮫島と一緒にいれなくなっちゃうんだ」


「……え?」

 必死に絞り出した言葉は衝撃的で。

 柊木の大きな瞳からは涙がぽろぽろとこぼれた。


 ★★★

 一度投稿していたのを焼き直してます。10万字はあります。

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