第8話 『剛腕』と『魔女』、かき氷を食べたあの日
暑い、とある日……
「あづぅうううい……」
外で訓練していた私は、休憩の時間となったことで木陰に座り込む。だけど、いくら影になっているからといってもこの暑さでは、影がないところとそう大差ない。しかも、気温が高いせいか地面は暑い。
せっかくの休憩時間、これでは休憩の意味がないわけで。
「あぁあ溶けるぅ~……」
「あっはは! 情けないぞアンズ、これしきの暑さで!」
「師匠……」
木陰で休憩にもならない休憩をとっていた私に話しかけていたのは、たった今まで組手の訓練をしていた男……ターベルト・フランクニルだ。『剛腕』という二つ名を持つ、屈強な男の人だ。
私はこの人を、師匠と呼んでいる。始まりは、この人が私に戦い方の稽古をつけてくれたからではあるが……今では、心から尊敬している。
強いし、懐大きいし、頼れるし! お父さんよりもお父さんみたいな人だ。
そんな師匠は、この暑さの中でも汗一つかかず、座り込む私を見下ろしていた。私に付き合って、組手までしていたのに。
「情けないって言われても……暑いですよ師匠~」
「鍛え方が足りんのだアンズは。日々鍛練を怠らなければ、いかなる灼熱とて耐えられるものだ」
「えぇ……」
この世界に『勇者』として召喚された私、熊谷 杏は、世界を救うための魔王討伐の旅に出ることになった。
旅立つまでの三ヶ月の期間……いわゆる準備期間で、私はこの世界で暮らしていくために必要な知識を学んでいた。今この世界がどんな状態になっているのか、とか城があるこの街はどんなところなのか、とか。
ウィルがかけてくれた『言語理解』の魔法のおかげで、私はこの世界の人間と言葉による意志疎通が可能となった。しかも、『言語理解』は文字でさえ機能するのだ。
この世界の、見たことのない文字のはずなのに、意味は伝わる。逆も然りだ。だから、わざわざ文字の勉強をしなければならない、というわけではない。
残るのは、魔王討伐の旅に出るにあたって、戦い方を学ぶことだ。『勇者』として選ばれたとはいえ、今の私は戦いの素人。今のままじゃ魔王はおろか、その配下である魔物にも殺されてしまうだろう。
魔王と魔物……ひとくくりに魔族と呼ばれる存在が、この世界を滅ぼそうとしているというのだ。その存在について、今は割愛。ちょっと疲れすぎて余計なことを考える余裕がない。
今やっているのは、戦い方を学ぶこと。戦いの素人である私に、こうして手解きしてくれるのが師匠であるターベルト・フランクニルだ。同時に、私が率いる勇者パーティーのメンバー。
私含め、六人の戦士の一人であり、訓練の指導者に適していると指名された一人でもある。
その成果は、今私が身をもって体感している。痛いし苦しいけど、不思議と嫌な気持ちにはならない。それが、師匠の訓練の不思議なところだ。途中で投げ出すという選択肢が、頭の中にない。
指導者として、優秀なのだろう。ただ……師匠、普段冷静なのに、訓練となると暑苦しいんだよなぁ。
「いやー、人間いくら鍛えても、暑さと寒さには勝てないっすよ」
「諦めたらそこまでだ、自分で自分の限界を決めるな」
限界の話じゃなくて。たまに、この人と会話が成立してるのか不安になるときがある。
まあ性格はこんなだけど……組手をしてわかる、この人の強さ。もちろん手加減はしてくれてるんだけど、それでもわかる。この人がとんでもなく強いっていうのが。
ぶっちゃけ私よりも、この人の方がよっぽど『勇者』にふさわしいとおもうんだけどな。
「さぁ休憩は終わりだ。訓練の続きだ」
「ぅえぇ!? いや私、まだ全然……」
「おーい!」
時間としてはそれなりに経ったのだろうが、体感としてはほんの数秒だ。この暑さの中、体が休まるはずもない。なのに、師匠は訓練を続けようとする。
このままじゃ暑さと疲れで、ぶっ倒れてしまう。訓練が嫌ではないが、もう少し休みたい。どうしたもんか……と、方法を考えていたところへ、聞き覚えのある声が。
振り向くと、一つの影が手を振りながら、こっちへ向かってきていた。
「エリシア!」
桃色の髪が、揺れている。あれは、『魔女』と呼ばれる、エリシア・タニャク。本人曰く、『魔女』という呼び方は嫌いらしい。『魔王』と雰囲気が似てるから。気持ちはわかる。
ただ、『魔女』と呼称されるだけあり……魔法術師としての力はピカ一だ。異世界の人間を召喚する、というこの世の
彼女も師匠と同じく勇者パーティーの一員で、羨ましいくらいの美貌を兼ね備えた女性。私よりも大人だからかスタイル抜群で、それに反して私よりも大人なのに子供っぽい。ギャップ萌えってやつだ多分。
エリシアは片手を振りながら、もう片方の手になにかを持っている。あぁ、そんな走ると転んじゃうよ。それに、走る度に揺れる胸が……胸が、揺れて……ばるん、ばるん……
「ちっ!」
「ちょ、っとアンズ!? 私を見る度に舌打ちしながら胸を揉むの、やめてくれないかな!?」
「揉むのやならもぐ」
「いやぁー!」
この、見せびらかして! 自慢か! この、おっぱい星人め!
ムギュギュギュギュギュギュ……
「こーら、その辺にせんかアンズ」
「うっ」
マジでこのままもいでやろうかと思い始めたところへ、師匠に襟の後ろのところを持ち上げられてエリシアと距離が離れてしまう。
その際、エリシアの胸を揉んでいた手をしっかり師匠に押さえつけられた上で。持ち上げられる勢いを利用してもいでやろうかと思ったのに。
胸を解放されたエリシアは、自分の体を抱き締めるようにしてしゃがみこむ。くそ、かわいいつもりかそれ!
「ひ、ひどいよアンズー」
「ひどいのはそっちよ! なに、見せつけてんの!? 持たざる者に見せつけて楽しんでるんでしょ!?」
「落ち着けアンズ。そんなひがんでも胸は大きくならんぞ」
「うがー! セクハラだー!」
暴れても、持ち上げられているので手足ぶんぶん、赤ん坊が駄々こねてる感じになってしまう。まあぶっちゃけ駄々をこねてる以外にないのかもしれないが……
「そ、それにお、男の人だって……いるし」
「ん? あっはは安心しろ! 俺はお前らを性の対象として見たことはないから!」
「ぐ、ぐっさり言いますね。それはそれで女としての自信が……」
「まあ妹みたいなもんだってことだ!」
「娘の間違いじゃないすか?」
「なぬ!?」
会話の中で、ようやく落ち着いた私を確認してからエリシアが一言。
「あ、あのー……訓練で疲れてるだろうから、差し入れ、持ってきたんだ。アンズから教えてもらった、氷を砕いてシロップかけたやつ」
「かき氷! おぉ、さっすがわかってるじゃん! 我が心の友ぉ!」
「さっき心の友の胸もごうとしてたよね……」
エリシアがここに来た理由……それは、差し入れを持ってきてくれたから。それは元々この世界には存在が認知されていなかったかき氷で、この暑い日にはもってこいの食べ物だ。
氷を砕いて、それにシロップをかけて食べる……私たちの世界では普通でも、こっちの世界では認知されていない。お手頃なのに、もったいない。
なんてったって、エリシアに魔法で氷を作ってもらえれば、それを砕くだけでかき氷が完成するのだ。これほどお手軽なものもない。シロップは作れないから、完全に材料費がいらないってことにはならないけど。
イチゴやメロン……それらに似た果物はこの世界にもあるし、それを使ってちゃちゃっとシロップのできあがりだ。
これが思いの外好評で、こんな暑い日には『エリシアのかき氷屋』が出店される。無論、エリシアでなくとも氷属性の魔法を使える者なら、エリシアに頼む必要もないのだが……
エリシアのとこに来る男の中には、エリシア目当ての男が多くいる。なんせ、暑い日だと自然、肌の露出が多くなるから。大きなお胸やおみ足目当ての奴らが増えるのだ。
「……ちっ」
「なんで今舌打ちされたの!?」
エリシアに罪はない。悪いのはエリシアの胸だ、身体だ。つまり悪いのはエリシアだ。……ん? なに言ってんのかよくわからない。
「しっかし、このかき氷ってのはうまいなぁ! こんな手軽なのに、なぜ誰も思い付かなかったんだか! あっはは!」
「あ、師匠そんなにかき氷かきこんだら……」
豪快にかき氷を口の中にかきこんでいく師匠を見て、注意するのがすでに遅かったと後悔する。冷たいものをあんなにかきこんだら、頭がキーンってなってしまう。
……はずなのに。
「うぅ、っくぅ……」
なぜか頭を押さえるのは、エリシアだけ。師匠は平気そうにバクバク食べている。というかエリシア、いつの間にそんな食べてたんだ。かき氷屋ならそろそろ頭キーン現象を学ぼうよ。
「ん? どうしたアンズ」
「いえ……師匠はすごいなぁって」
「?」
かき氷を豪快に食べられる男、ターベルト・フランクニル。『剛腕』の二つ名を持つ師匠は、やっぱり師匠だなと実感した。つまり……すごいってことだ。体力も腕力も技術もその他も……全部が規格外。
頭を押さえる『魔女』エリシア・タニャク。私よりも年上なのに、子供っぽくて……妬ましいくらいに、抜群のスタイルを持った女性。この世界に来て初めてできた、私の親友。
師匠と訓練に明け暮れ、親友とお喋りしながら日々を過ごしていく。魔王討伐のための準備期間とはいっても、平和なこの時間を……私は、悪くないと感じていた。
それでも私は、帰らなければいけない。帰って家族と、友達と、恋人と、また会う。そのために、そのためならば、どんな危険だって乗り越えてみせる。
この世界の人には悪いけど……私は、この世界を救うためじゃなく、元の世界に戻るために、戦う!
「っくぅー! 頭いたいー!」
「あっはは! エリシアも鍛練が足らないなぁ!」
「なんでターベルトさんは平気なんですかぁ」
「あっはは、なんでだろうな! 鍛えてるからかな!」
「意味わかんないですよぉ」
「……ぷっ」
ホントにこんな人たちと、世界を救うことなんてできるのだろうか。不安に思う一方で、きっとこの人たちとなら、それができるだろうなと、感じる自分もいた。
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