第二十七話 イっちゃってる
「ブレインを捕らえろオオオオオ!!!!」
「オオオオオオオオオオ!!!」
針山を超え、地鳴りと数多の咆哮を伴ってこちらに迫る約八十の魔獣騎兵。
その先頭で魔獅子に跨り、俺へ向けて槍を構えるのは、銀色の鎧に身を包んだ四天王:ロン毛のライオネル。
まだ距離はある。
が、魔獣騎兵の長所はその機動力にある。
あと二分もかからない内にここへ辿り着き、俺を包囲するだろう。
大扉前の包囲にて姿が見えないとは思っていたが、まさか城外で兵の招集を行っていたとは。
魔王城にライオネルが到着したのは数日前、それも定例の幹部会の為。
それなのにこれほどの数の兵を近くに控えさせていたとは、臆病が過ぎるぞライオネル。
まあその用意周到さこそが、この俺を窮地に陥れることになったのだが。
「ねこがいっぱいピヨ~!」
「ホントだー! ねこにねこが乗ってるー!可愛いねー!」
「「ね~!」」
お二人さんは大変可愛らしく表現してらっしゃるが、眼前に迫るその「ねこに乗ったねこ」は紛れもない脅威なのよ?
俺のことぶっ倒しに来てるのよ?
少なくとも取り乱されるよりはマシだが、もうちょっと緊張感持ってくれてもいいと思うんだけどなあ。
まあ、明るいことはいいことだ。特に注意はしないでおこう。
ひとまず、あいつらを容易く近づけさせるわけにはいかない。
魔力は4割強。
温存おきたいところではあったが、進行方向から向かってくる敵―――こういう奴らを退ける為に使うべきだ。
後方で痺れている二人が追撃してくることに備える必要もあるが、ここは一つ大きな魔法を使おう。
俺は魔力を込めた右手を地面に添え、
上級爆裂魔法―――
「―――『グッワアア』!!!」
触れた地面が赤い光を放ち、その光は前方へ向けて高速移動。
そして魔獣騎兵の足元に到着した刹那、大きな光を伴って―――爆発する。
「ぐっわあああああああ!!!!」
直下から炸裂する魔法攻撃により、数十の兵士が宙に舞う。
そのまま荒野の乾いた地面に叩きつけられ、部隊の半数近くを戦闘不能に陥れることに成功する。
が、
「進めぇ!! 進めええええ!!! 」
ライオネルを筆頭として、爆発を逃れた兵士達は負傷者を顧みずにそのまま直進。
俺の範囲攻撃魔法による先制の一撃は作戦に折り込み済み、ということか。
おそらく俺の神級魔法「ユカ・オナスナ」の発動は遠方からでも気付いてる可能性が高い。
そしてその後のサキュバス達との戦闘も当然想定しているはず。
となると、ライオネルの作戦は俺の魔力の消耗を見越した上での出血覚悟の接近戦!
このまま距離を詰め、人数を投入して俺をすり潰すつもりだ!
だがさせない!
そんな危険な作戦、頭が潰されれば瓦解する!
上級魔法で終わらせてやる!!
上級氷結魔法―――
魔法発動の瞬間、ライオネルに動きがある。
「魔法防御の魔札展開!!!―――『ウロコヤン・フィールド』!!!」
魔札―――魔法を保存し、好きな時に使用することが出来る魔道具の一種。
魔法使いでなくとも魔法が簡単に利用出来る為多くの人に重宝されている一方、庶民には到底手が付けられない高価で取引される。
特に、上級魔法を封じた魔札は人間の王都で土地が買えるほどの値段がつけられる。
しかし所詮は便利道具に過ぎない!
どんな魔法を入れていたところで、魔法使いが磨き上げた魔法に対抗しうる代物では無い!
「―――『バリサ・ブイヤンケ』!!!」
両掌から放たれた氷結の光線が、荒野の砂を巻き上げながら直進する。
サキュバスの魔法さえ貫く突破力を持つこの魔法を、魔札如きで防げる道理はない!
「魔札展開!!!―――『ウロコヤン・フィールド』!!!」
着弾の直前、ライオネルが追加で魔札を使用し、既に張られていた魔障結界の内側に魔障結界を展開する。
そのまま氷結の光線とぶつかり、周囲が砂煙に包まれる。
バカな!?
上級魔法の魔札を二枚も!?
それもこんな序盤で?
まだ手持ちがあるのか?
いや、それなら何故初めの爆裂魔法を防御しなかった!?
―――爆裂魔法はあえて受けた、のか?
何故?
どういう意図がある?
あいつの目的は俺の魔力消耗を見越した上での接近戦で―――
―――まさか!?
砂煙が徐々に晴れ、一枚となったひび割れた魔障結界の奥―――ライオネルの姿が露になる。
ライオネルは眼鏡を指で持ち上げると、したりと笑う。
「進めええええええ!!! 」
誘導されたのか―――!?
先制の上級魔法をあえて受け、俺に防御手段の無い特攻であると認識させる。
そうすれば俺が「特攻の頭を潰して士気を下げ、作戦を瓦解させに来る」と読み切った。
そして俺に上級魔法をわざと打たせ、それをとっておきの魔札二枚で防いだ―――!
つまり、これは!
魔力を温存したいであろう俺に上級魔法を立て続けに打たせる為の作戦!
「ロン毛ダサ眼鏡がああああああ!!!!」
くそっ!まんまとやられた!
魔力はもう二割を切った!
これ以上上級魔法は打てない。
打てるとすれば中級を二発、下級なら五発は打てるか………?
つまり、数十の兵を魔法で制圧することは出来なくなった。
どうする?
ライオネル部隊ももうまもなく到着する。
ピヨコ達の魔障結界を解除するか?
解除すればあと一発は上級魔法が使えるが……。
いや、ダメだ。
仮にライオネルを倒したとしても、魔力を使い切って昏倒してしまう。
それにそろそろサキュバス達も追ってくるだろう。
となると、残された魔力でどうにかライオネル部隊を抜くしかない。
とにかくライオネル部隊の到着を遅らせよう。
大地魔法―――
「―――『ユカ・ヌメルデ』!!!」
ライオネルのすぐ前方の地面を軟化させ、部隊の機動力低下を図る。
が、
「跳べぇヒガシシ丸!!!」
「ウドオオオオオン!!!」
ヒガシシ丸―――おそらくライオネルが騎乗する魔獅子、が雄叫びを上げ、軟化した地面の直前で跳躍。
そのまま硬い地面に着地すると、全く勢いを落とさずに地を蹴る。
これも読まれていたか―――!?
まずい。
サキュバスやタウロスと比べ、戦闘力については魔獣頼りの貧弱ロン毛異常者だと低く見積もっていたが、ここまでの知恵者だったとは驚きだ。
事情聴取での思い込み推理はヤツの予測が悪いほうに出たか、それとも良いほうに出たか。
「跳んだピヨね!」
「ねー! ピヨちゃんは飛べるのか?」
「ん~ん! まだ飛べないけど、ブレイン様がボクを飛べるようにしてくれるピヨ~!」
「そっか~! 良かったね!」
「「ふふふ!」」
それはともかく、どうしようか?
正直これ以上、単独であの人数と戦える気がしない。
あいつらが到着次第すぐに捕らえられてしまうだろう。
ピヨコだけでも魔障結界の外に出して戦ってもらうか?
いや、万が一の時に誰がベルベルを守る!?
しかし、このまま捕まってやるわけにもいかない。
何か無いか? この窮地を脱する策は!?
「あっ!ブレイン後ろー!」
ベルベルの声に反応し、すぐさま振り返る。
すると―――
「モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」
「―――!?」
タウロスがすぐ近くまで来ていて、その巨腕で棍棒を振りかぶっていた。
「―――『カチカチヤン』!!!」
俺は咄嗟の判断で自身に防御魔法をかけ、衝撃に備える。
が、
「モ゛オン!!!!!」
「―――!」
振りぬかれた棍棒は庇う左腕ごと脇腹を打ち、俺は厚い城壁に叩きつけられる。
―――はッ!
ほんの数秒意識を喪失し、気付いてすぐに起き上がろうとする。
が、全身が軋むような痛みに覆われて思うように動かず、特に直撃を受けた左腕はあらぬ方向へ曲がり、激痛以外の反応は返ってこない。
「やっと捕まえたモォ!!!」
タウロスは肩に棍棒を乗せ、瓦礫に倒れる俺を見下ろす。
そして、その鍛え抜かれた太い両脚がぼんやりと光っていることに気付く。
何故タウロスの追撃に気付かなかったか。
その答えはその脚の光―――おそらくサキュバスが施したであろう魔法にあった。
遮音魔法―――「キコエヘン」
付与された者が生じさせる音を消し、隠密行動を可能にする魔法。
「死ねコラクソキモロリコン脱糞野郎がアアア!!!」
タウロスの少し後ろの中空に控えるサキュバス。
その広げた両手には既に黒炎が揺らいでいる。
サキュバスはライオネルと違い、どうやら俺をここで殺すつもりらしい。
―――ここまでか。
未だ全身を響く痛みは俺の思考を奪い、眼前の死をただ睨みつけることしか出来ない。
「ピ、ピ、ピエェ~!!!」
「ブレイン!ブレイン!」
魔障結界の中にいる二人は、俺に悲壮な表情を向けている。
結局、この二人に何の恩返しもしてやれなかった。
ピヨコは大丈夫だろうか?
俺に強力したとなれば、なんらかの罰を受けることは確定だろう。
何にも分かっていないピヨコが酷い目に遭うのは、考えたくないな。
ベルベルは大丈夫だろうか?
子供好きのサキュバスも、殺すのもやむなし、といった様子だった。
ただの人質として扱ってもらえればいいが。
嗚呼、こんな思いをするなら二人を巻き込むんじゃなかった。
あのまま大人しく拷問されて処刑されれば良かった。
ごめんなあピヨコ。
フェニックスにしてやるって約束したのになあ。
プリンもいっぱい食べさせてやるって言ったのになあ。
ごめんなあベルベル。
一緒にいたいって言ってくれたのになあ。
まだ君のことを何にも知らないのになあ。
―――死にたく、ないなぁ。
受け入れたくない、しかし確実に迫りくる死。
それをもたらす銀髪の淫魔人はその紫紺の眸をギラつかせ、肥大した黒炎を放とうと両手を振りかぶる。
―――ん?
その時、俺の視界は黒炎の裏に多数の黄色い楕円を捉える。
その黄色い楕円はどんどん大きくなり、伴ってそれらに小さな羽と短い足があることに気付く。
そして―――
「―――なっ!?」
その黄色い楕円の表面がふわふわとした羽毛に覆われていることが見えた時、それらの一つがサキュバスに突撃。
サキュバスは中空で体勢を崩し、手にあった黒炎は消え失せる。
「な、なんだモオ!?」
タウロスも背後の異変に気付いたようで、棍棒を構えて振り返る。
が、そこに三体の黄色いふわふわが落ちてきて、
「ぐぅ………!」
タウロスにのしかかる。
そして少し遅れて地面に降りた十を超えるふわふわ達は、俺に背を向け、守るように取り囲む。
黄色いふわふわ―――もといヒヨコ魔人達の一人が、半身で俺を見据え、
「大丈夫パチか?ブレイン様~!」
「パーチク………!」
「僕もいるピチ~!」
「ピーチク………! お前らなんで」
ピーチクとパーチク。
ピヨコのドジによって意識を失った俺を助け、その後食事を共にしただけの間柄のはず。
それが何故、二十もの同胞を引き連れて、俺を助けに来た?
当然の疑問。
それを「なんで」という簡単な言葉でしか表現出来なかった俺に、上空から答えが降ってくる。
「ブレイン様ぁ~。まぁだこんなところにいたんですかぁ~? ちょっとしっかりしてくださいよぉ~!」
人を舐め腐ったような語り口。
事情聴取にて散々俺を窮地においやったはずのその声が、赤く輝く巨大な鳥から聞こえてくる。
「あ~っ! ふぇ、フェニックスピヨ~! すごい!すごいすごい! ピヨピッピ~!!!」
フェニックス―――火山地帯に生息するはずの燃える鳥の魔獣。
その背に跨るペンギン魔人が顔を出すと、その表情を一際ニヤけさせて、
「私の計画が台無しになっちゃうじゃないですかぁ~!!」
四天王:狡猾のぺギル。
終始人を嘲笑うかのような態度が鼻につく、魔国領で最も嫌な男。
そんな男がどういうわけか、俺達の前に「味方」として現れた。
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