第十二話 神は言っている。その性癖はダメと



父親が死んだ。俺が確か十二歳の時だった。


俺は人間の国にある街で、冒険者の両親の間に産まれた一人息子だった。

母は俺を産んで冒険者を辞めたが、剣の腕が立つ父親は冒険者として、魔獣討伐などの依頼をこなして金を稼いでいた。


ある日友達との釣りから帰ると、父と共に討伐依頼に出ていたはずの中年冒険者が青ざめた様子で俺の家の前に立っていた。


その冒険者の様子、父と一緒でないこと………。

えも言えぬ不安を感じた俺は、冒険者に話しかけた。


「おっちゃん! どうしたの!? 何かあったの!?」


中年冒険者は俺の問いかけにバツの悪そうな顔をし、目を逸らしながら、


「おお、ブレイン………。お前の母ちゃんに用があってな。家にいるか?」


「今は買い物に行ってる! それで、父ちゃんはどうしたの? いないの?」


中年冒険者は「それは」とか「いや」などと言い澱み、そこで俺は父に何やら悪いことがあったのだと悟った。


「父ちゃん、何かあったんだ………」


俺の言葉にハッとした中年冒険者は、俺がもう何も分からないガキではないと考えたのか、ようやく話すことにしたらしい。


「ブレイン、落ち着いて聞いてくれ。お前の父ちゃんは、その、ドラゴンにやられて死んじまったんだ」


あぁ、やっぱりそうか。


俺は父から冒険者の話を好きでよく聞いていたし、父の語る内容は楽しいものばかりではなく、それこそ仲間が死んだ話などの暗い話もあった。

俺にとってはそれも冒険者という仕事の凄さであったし、そんな危険な仕事をする父を誇らしく思っていた。


だからこそ、いつかは父が死ぬこともあるのかもしれない、という漠然とした考えは持っていて、この時も勿論悲しくて寂しかったが、「あぁこの日が来てしまったか」という諦めもついた。


「父ちゃんは、どうやって死んだの?」


冒険者にとして生きた父は、どのような死に様だったのか。

俺は父を尊敬していたから、物語のような劇的な死を遂げたのだろうと考えていた。

しかし、中年冒険者が語った「父の死に様」は、嫌な意味でとても「劇的」だった。


「あぁ、お前の父ちゃんな? その、正直に話すが―――ドラゴンのケツの穴に潰されて死んだんだ」


衝撃的だった。


あのカッコいい自慢の父の最後を飾るはずの死に場所が、ドラゴンの尻の穴だったのだ。

嫌だ。信じたくない。

俺は受け入れられなかった。感情が完全に迷子になり、何をどう言えばいいか全く分からなかった。


そして、俺の口から意図せず「なんで」という言葉が漏れた。


別にドラゴンの肛門に潰された理由なんて聞きたくなかったし、中年冒険者に投げた言葉でもなかった。

ただ漏れてしまっただけの意味の持たない音。

しかし、全てを話すと決めていたのか、中年冒険者は理由を語る。


「お前の父ちゃん、デカい動物のケツの穴に目が無くてな? いつもデカい動物を見つけてはそこに顔を入れてたんだ。それでドラゴンのケツの穴っていやあもう人が一人すっぽり入れるもんだから、「俺ちょっくらイッてくる」ってすげえ勢いでケツの穴に滑り込んだんだ。そしたら少ししてぺしゃんこになったお前の父ちゃんが出てきてよぉ。あ、あとこれ。お前の父ちゃんが『俺が死んだらブレインに渡せ』って言ってたモンだ」


中年冒険者がリュックから取り出したのは、手作りの分厚い冊子だった。


〇タイラントサーモン:くっせえ!ありゃ辞めたほうがいいぜ。狭ぇしクセぇし最悪だった。でも味はサーモンだったぜ。 評価:8/10


〇マグマタートル:くっせえ!ありゃ辞めたほうがいいぜ。全身焼けちまって回復魔法が無けりゃ死んでたな! 次は肉でも持ち込んで焼いて食ってみてえ! 評価:9/10


〇クソデカい鳥:くっせえ!ありゃ辞めたほうがいいぜ。俺にびっくりしてケツん中の卵が孵化しやがった! あと生の鳥は舐めちゃいけねえな! ケツからひり出されると同時に俺のケツからもビチグソが出ちまったぜ 評価:10/10


〇熊魔人:くっせえ!ありゃ辞めたほうがいいぜ。二週間ずっと頼み込んでも入らせてくれなかったから、隙をついて入ってやったぜ。でも気をつけろ? ケツん中で謝っても本人には聞こえ


各肛門の感想が懇々と書き連ねてあった。


「どうだ? お前の父ちゃんすげえだろ? いつかブレインにも肛門侵入の良さを教えてやりたいっていつも言ってたんだぜ……っておい!どこに行くんだ!」


俺は走った。走って走って。転んで、それでも走った。

走って走って、そして街はずれにある小さな湖で力尽きた。


俺は疲労で動かなくなった足を引きずって湖に近づき、四つん這いの状態でゲロを吐いた。


憧れの父、強くてカッコいい冒険者の父は、魔獣の肛門にご執心の異常性癖者だった。

それも、そんな恥ずかしいことを同僚に喜々として話し、息子にもそうさせようとしていた異常者だったのだ。


俺はどうしようもなく怖くなった。

父が自身の異常性癖に殺されたことに、そしてその父の血が自分に流れていることに。


いつか、俺も父のように肛門の中で死んでしまうのか。

そう思うと、性癖というものがとても恐ろしいものに感じて、自分の中にある異常性癖が開花しないよう切に願った。

父のようになりたくない、性癖で死にたくない、性癖で人を傷つけたくない。


その時、水面に映る自分の顔を見て、ふと思ったのだ。



―――性癖を「自分」に向けよう。



それから俺は、鏡や水面に映る自分を見ながらチ〇ポを扱くようにした。


初めは嫌悪感しか感じなかったが、俺は毎日毎日、自分を見てチ〇ポを扱き続けた。

一年、二年と続けていくうち、俺の脳みそは徐々に壊れ、自分に興奮するようになった。

母はそんな俺を恐れ、何度も病院に行くように迫ったが、俺はそれでもチ〇ポを扱き続けた。

周囲が恋人を、そして妻を持つようになった。それでも俺は独りチ〇ポを扱き続けた。


そして、チ〇ポを扱き続けていた二十歳の誕生日のこと。


決意したあの日の湖にいた俺の前に、ヤツが現れた。

そのとにかく白い、白い以外は分からないヤツは突如として水面に出現し、語り始めた。


「天啓に背きし者よ。 その愚かしき性、貴様には『神の矯正』が必要である」


「誰だお前は!この辺のヤツじゃないな!? 邪魔だ失せろ!!」


「我は神。弱き人を慈しみ導く者。神の前だ。陰茎を扱くのを止めよ」


「あぁ! 白いし、精子のバケモンだな!? 失せろ!! 俺の精子に殺される前にな!!」


「精子の化け物ではない! ………神と言っているだろう。異常な性に囚われし愚かな子羊よ、それを早く止めよ」


「えぇ!? 子羊ってかぁ!? やってやんよ! 子羊やってやんよぉ!! メエエエ! メエエエエエエ!!!」


「止めよ!不敬であるぞ! 我の怒りを受ける前にソレを止めよ!!」


「メエエエエエエ!!! メエエエエエエ!!!!」


「貴様! 止めよと言っている!! 速やかにそれを止めねば、貴様の」


「ウッ………!」


「ちょっ!? あぶなっ!!? ………貴様ぁ!! 頭がおかしいのか!? 神へ向け精を放つなど、やっていいことと悪いことがあるぞ!!」


「あ、あー。す、すいません………。あ、汚れてないっすか?」


「………貴様、何故我がここへ来たのか、理解しているか?」


「いや、分かんないっす。精子の化け物に用は無いっす」


「だから精子の化け物では無いと言っているだろう! まあいい。貴様には『神の矯正』を受けてもらうことにした」


「神の強制? なんすか? なんかの勧誘すか? そういうのは時と場所を考えるべきっすよ!」


「屋外で全裸で陰茎を扱いていた貴様に言われたくはない! ………他の物には目もくれず己に対して欲を向け続ける性癖、常軌を逸している。よって貴様には―――『永き』の矯正を与える」


神の言葉を聞いて、俺はいつしか「自分」という性癖を獲得していたのだ、と気付いた。

そして、自分と人を傷つける「異常性癖」を開花させない為に、血の滲むような努力をして獲得したこの性癖が、神に「異常」であると断罪されたのだ。


いや、そんなはずはない。俺はそうならない為に努力をしてきたのだ。


「俺がぁ!? 『異常性癖』だって!? そうアンタは言うのか!? 異常性癖っていうのは、やがて人を殺すモンだ! 俺は違う! 俺の『自分オナニー』はぁ、『優しい性癖』だ!!」


「いや、優しいとか、人を傷つけるとか、そんなんじゃなくて、やりすぎが問題でっ………もういいっ!知らない!! 嫌いっ! もう帰るもん!!」


その白いヤツは、幼稚な言葉遣いで吐き捨てると、なにやら白いモヤのような何かを俺に向けて放つ。


「な、なんだこれ!? 汚いやつかっ!?」


その白いモヤは俺の身体に触れると、瞬く間に体内に吸い込まれていった。


「それでもう貴様はずう~っと若いまんまなんだからっ! これから何百年もずぅ~っと自分見て扱いてればいいじゃん!! ばーか! 嫌い!」


そう言って神と名乗る白いヤツは光の粒子となって空に消えた。


そうして俺は「二十歳の身体から歳を取れない」という矯正により、永い時間をかけて自分の性癖を見つめなおすことを強いられたのだ。


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