第五話 床で脱糞すな


「ぐああああああ!!!! 鼻がぁ!! 鼻がああああ!!!」




こんばんは!私の名前はブレイン! 魔王軍で参謀をしています!


魔王軍の仕事って、本当に大変!


だから、なんやかんやありまして! 今は魔王様の寝室で脱糞しています! 正真正銘の真っ最中です!




そして、叫びながらのたうち回ってるのは警備兵長のフェンリル君! 部下です!


上司がウンチ出してるっていうのに、フェンリル君ったらノックもせずに入ってきて、それもドアがっぴらき! ひどいよね!




もうこんな状況、恥ずかしくって恥ずかしくって、顔なんて真っ赤っ赤のアッチアチ! 原色くらい赤い!


そう!普通なら赤くなるよね!?赤くなるはずなんだけど………。






今はワケあって、真っ青です。






魔王の消失に壊れた壁、謎の少女。そしてそこにいた俺。


それだけでも限りなく怪しいのに、布団や魔王のパンツなど、至るところに俺の臭いがついている状況。


もはや言い逃れは困難の逃げ一択。問題はどうやって安全圏まで逃げる時間を稼ぐか。




そんなワケで、


①絶対的な嗅覚を持つフェンリルの鼻を破壊するトラップを仕掛けた上で、


②魔札により執務室に転移。


③入室したフェンリルの鼻が破壊されて捜査が難航。


④その間に出来るだけ遠くへ逃走する、


という計画のはずだった。




「ああああああああ!!!! があああああああ!!!!」




計画というのはあくまで理想。完璧に実現できるほど現実は甘くはない。


大抵の計画はどこかでミスや不測の事態によって修正、もしくは中止を余儀なくされるものだ。




俺はこれまでも多くの計画を立案し、状況によって適切な判断を下してきたからこそ、魔国領統一の偉業を果たした魔王軍の参謀足りえているのだ。


今回においても、全て上手くいくなどという夢に浸ってはいない。




が、今回の場合は①、つまり初手で躓いてしまったのだ。


この計画は、フェンリルが入室する前に俺が転移してること―――これが大前提として成り立つのであって、これではまるで、俺がただ魔王の部屋で脱糞している精神異常者じゃないか。




幸い、フェンリルは未だ顔を抑えて転げまわっている為、俺には気付いていない。




っていくらなんでも臭がりすぎじゃない?


臭い、と自覚して出してるワケだけれども、そうでないとダメなんだけれも、ちょっと嫌な気持ちになっちゃった。




まあそれはそれとして、だ。この間に転移出来れば良かったのだが、




―――脱糞が終わらない。




脱糞魔法「クソデルフィア」の長所は、なんといってもそのスピードにある。


本来、脱糞という行為は相応に時間を要するが、その実、きばっている時間が大半を占めているのだ。


この魔法においては、その「きばる時間」が無いに等しい。


体内の老廃物を肛門付近に集めるのが一秒ほどで、あとは出すだけだ。




しかし、今回はその「出す」がやたら長い。


体感時間としてはそろそろ一分経つか、というところ。


もうこれずっと出てるんじゃねえか、とさえ思ってしまうほど長い。




「ま゛、ま゛お゛うざば! いらっじゃびばずが!? ま゛お゛うざまァ゛!」




未だのたうち回りながらも、必死に君主の名を叫ぶフェンリル。


おおなんと痛ましい。その姿まさに悲劇の主人公だ。


退役後はこの経験を本にするといい。




ただ、「臭いの原因はクソ上司のクソでした」なんて書かれたらお終いだから、俺はなんとしても、彼が目を開ける前にクソを出し終えなければならない。


それにしても、脱糞中は案外頭が回るもんだな。こんがらがった思考が、排泄に併せてほどけていくようだ。




調子を取り戻した頭脳は、部屋にいる謎の少女を思い起こさせ、彼女が眠るベッドを見つめる。




魔王のチ〇ポが取れて、その魔王が倒れているはずの場所に倒れていた少女。




俺のことをブレインと呼んでいた。




最後まで聞かなかったが、「魔王であるオレ~」とか言っていた。




あの少女を発見した時点から考えていたことではあるが、それが到底信じ難く、一方「そう」としか思えない自分がいる。


男の象徴が人になって壁をブっ壊すような世界―――この世界は未だ未知に溢れているのだと、さっき思わされたばかり。




「………ハァ~」




少しばかり長く生きている所為でとっくに自分を「物知りさん」だと勘違いしていた俺は、大きな溜息をする。


もう疑うべくもないのだろう。




―――あの少女は魔王だ。




魔王だった、というのが正しいか。何せ「ブレイン・インパクト」で記憶をぶっ壊した。


何をどのように覚えているかは起きてみないと分からないが、あの見た目だ。


自分を魔王だ、とか言って思い出話を披露したりしない限りは、魔王である可能性を考慮する奴はいないだろう。




しかし、分からないことが多すぎる。




チ〇ポ、つまり男性の象徴が取れたから女性になる、というのはギリギリ分からなくもない。


ある亜人の集落では、長男以外の男児の性器を切り落とす、なんて文化があるらしいが、性器を切られた男児は身体つきが女性的になると聞いたことがある。


それの延長として本当に女性化になっちゃった、というのがあり得るのかもしれない。




だが、今回のは単なる女性化ではなく、種族から何から全く変わってしまっているのだ。


赤い肌で大柄な鬼魔人が、白い肌の小柄な亜人、それも小さなツノが生えている程度の、限りなく人間に近い亜人になった。


そのツノは唯一の共通点と言えなくもないが、生えている場所も形状も違う。




これは性別がどうこうという話ではなく、明らかに別種への変体。


チ〇ポが取れたことが引き金となったのは間違いないだろうが、もっと何か、根本的な原因がありそうだ。




などと考えているうちに、脱糞も終わりが見えてきた。フェンリルはというと―――




「ぐああああああ!!! 鼻があああ!!!」




―――まだ苦しそう。




ふう。これは勝ったな。




脱糞が終わり次第、すぐさまダッシュでベッドの裏に貼り付けた魔札に触れればいい。


フェンリルの入室にはさすがに驚かされたが、ここまで来ればもう安心だろう。




逃げてからはどうしようか?


派手には動けないから、持ち出した金で田舎に家を買おうか。


畑でもこさえて、自給自足のゆったり生活。最高だな。




働いて暮らすなら、人間の街だろうな。


目立たないし、俺ならどんな仕事でもそれなりにやれるだろう。




………まあ、気が向いたら魔王を元に戻す方法を探してやってもいい。


もう下で働くのは御免被るが。




潰えたかにみえた希望の光が再点灯し、未だ見ぬ明日への妄想が広がる。


そこでふと、なんとなく思いたって、フェンリルのほうへ振り返る。




 異世界にこんな言葉がある。




―――コージ魔王、死




 ひょうきん者のコージ魔王が調子に乗って死んだことに由来する言葉で、意味は―――




「―――な゛ッ!?」






―――『浮かれたら死ぬ』だ。


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