第三話 ストレス×チ〇ポ=

「我が名はチ〇ポ。武を極めんとする者なり」




「………あ、はじめまして」




 誰だ?どこから入ってきた?一体何が起こってる?




 俺の思考能力が戻らないままなのを意にも介さず、男は話を続ける。




「ふむ。状況を見るに我を生み出したのはウヌのようだが、身体は貧弱、魔力はそこそこ………我を生み出せる器とは到底思えぬ」




 え?何?




「とすれば我の元となった身体が優秀であったのだろうな。しかし武を交えること叶わぬ、か。寂しいものよ」




 ???




 俺は働かない頭を小突き、文字通り脳を叩き起こす。




 落ち着け。まずは整理だ。




 俺は魔王のチ〇ポに強化魔法をかけた後、踊る魔法をかけたんだ。


 すると回りだして、浮いて、離れて………。


 


 で、光ったと思ったら、こいつが現れた。




 種族は………ツノもなければしっぽもない。耳も人間のもの。特徴的に見て、おそらく人間だろう。




 身長は高いが、あくまで人間の中での話だ。


 その一糸纏わぬ褐色の肌は見事な筋肉によってはち切れそうだが、無数の傷、顔に刻まれた皺が年季を感じさせる。


 伸びっぱなしの灰色の髪を見るに、一般的な人間でいう五、六十代に相当した風貌だ。


 だが、紅蓮の双眸は煮えたぎる溶岩のような熱さを放ち、御老体と侮ることは決して出来ない。




 そして最も驚異的なのが、その内に秘めたる魔力量だ。




 魔力量を察することは魔法を長きにわたり研鑽した者のみに許された芸当であり、意識すれば対象の身体から溢れる光、という形で魔力量を感じることが出来る。


 簡単に力量を測れる便利な能力だと考えていたが、しかし今回は相手が悪いらしい。




 光がデカすぎる。この至近距離では全容を測れないほどに大きく、強い光がこの男から溢れている。


 正に人外。もはや自然災害に数えられるほどに強大な魔獣「龍」に匹敵すると考えてよさそうだ。




 人間の身でここまで、どのようにして極めたというのか。


 俺と同じ「ワケあり」か?


 いや、それにしても規格外すぎる。ちょっとした「不思議パワー」で至れるような強さじゃない。




 となると………ん?


 あいつの背後に浮かぶ二つの玉はなんだ?




 魔法、じゃあなさそうだな。


 浮いてる原理は分からないが、あの質感は、きっとそう。




 「肉」だ。




 どうやら人間ではないのかもしれない、と自分の推論を見直そうとした時。


 ようやく脳が準備運動を終えたようで、思考が加速する。




 はあ、どうも最近頭の調子が悪い。働きすぎだな。まあ今はいい。


 


 こいつ―――聞き違いでなければチ〇ポと名乗っていた。




 いい年こいて頭おかしいんじゃねえのか?


 


 何が「武を極めんとするもの~」だ!


 先に変態極まっちゃってるよ、って教えてくれる人はいなかったのか。




 とまあ、これが街中での出会いだったならば憐れんで茶でも奢ってやるところだが、ここは魔王の寝室だ。




 チ〇ポと名乗っていること、後ろに漂う二つの肉の玉。




 そして確かに見た、魔王から離れ、輝きを放つ異常チ〇ポ。




 こいつがさっき言った、「生み出した」という言葉。




 これは、うん。そういうことだな。








―――チ〇ポは、チ〇ポなのだ。






 つまり俺が、魔王のチ〇ポをこのチ〇ポと名乗る耄碌強者ジジイに変えてしまった、ということだな。




 ふー。理解するのに時間がかかってしまったな。そっかそっかなるほど承知。




「いや何でそうなるの!? おかしいよ! チ〇ポが何でおっさんになる? 何で強い?」




 頷きながら立ち上がった俺だったが、辿り着いた結論に納得がいかず、思わずうろたえてしまう。


 またもや混乱に苛まれる俺を、チ〇ポおっさんは腕を組みながら見下ろし、




「長い間惚けておると思ったら、次は突として騒ぐ、か。気でも振れたか父上」




「気が振れたとか、一番言われたくないヤツに言われちゃった………」




 なんでこんな偉そうなの?


 ていうか俺が生み出したってことは、さっき産まれたってことだよな?


 産まれたてで見た目おっさんの中身がツワモノって、本人はどう思ってるんだ。


 だって嫌じゃない? あっ俺おっさんじゃん!ってなるよね?




―――ん?




「えっ!?『父上』って俺のこと!? 違いますぅ! お断りしますぅ!」




「ふん。父子の繋がりとは切りたくとも切れぬものよ。しっかりとここに、父上から日々受け取った魔力が流れておる」




「いやあああああああ!!!」




 必死に首を振る俺を毛ほども意に介さない様子のチ〇ポ。




 どうやら、俺は子持ちになってしまったようだ。


 それもこんな、森の奥で正拳突きとかしてそうなパワージジイだ。




 普通子供が出来るって、幸せなことじゃない? 喜ばしいことじゃない?


 でも、全然嬉しくない。


 だって産声が「我が名はチ〇ポ」だったもの。




 子育てって、大変じゃない? でも大変の中の小さな喜びが、大きな幸せになるものじゃない?


 でも俺やってない。


 子育てやってないのに、もうおっさんだった。




 ………ダメだ。こんなことに悲観している場合じゃない。


 今考えるべきは「何故こうなったか」と「これをどうするか」だ。




 相も変わらず憮然とした表情で見下ろすチ〇ポを他所に、俺は頭を振り、懸命に考えを巡らせる。




 まず、「何故こうなったか」についてだ。




 俺が毎日強化魔法をかけていたことが要因の一つであるのは間違いないのだろうが、身体の一部が人になるなど聞いたことがない。


 空気中の魔素濃度が濃い過酷な地域では動物が魔獣化する場合がある、なんて話があるが、それも元から意識のある動物の身体が変容しただけだ。


 今回は、意識なんてないはずのチ〇ポに、意識―――いや会話が出来る為「人格」と言うべきか―――が芽生えているのだ。




 うーん。考えるだけじゃ埒が明かないな。


 話を聞かなければならない。この、チ〇ポのおっさんに。




「えーと、さっき『日々受け取った魔力』って言ってたけど、意識があったってこと?」




「左様。ある時ぼんやりと『我が存在する』と自覚したのだ。それから、父上より魔法を受ける度、その自覚は強まっていったのだ」




 話から察するに、要因として考えられるのは精神力を上げる魔法「ナカヘン」。


 それを毎日かけ続けたことにより、無いはずの意識が生まれ、人格になった、ということか。




 そんなの聞いてない!知ってたら「ナカヘン」なんか使わなかった!


「ナカヘン」開発者はなんで教えてくれなかったんだ!俺は悪くない!そいつが悪い!




 待てよ?




「じゃあ、俺が斧で叩いたり、魔法を打ち込んだりしてたのも知ってる………ってコト!?」




「無論。それにより我は武に興味を持ったのだ。我が道は父上との鍛錬から始まったと言える」




 ………怒ってはいないようだ、な!安心安心!


 しかしこの武人気質は俺の連日の攻撃が原因か。




 なるほど理解してきたぞ。


「ナカヘン」によって人格が生まれ、強化魔法を蓄え、日々の攻撃で鍛えられた。


 となると、今日こいつが人の姿になってしまったのは、踊りたくなる魔法「オドッテマウ」が引き金っぽい。




 だが、そうなるとおかしい。




 ―――なんで踊っていない?




 オドッテマウ―――この魔法のキモは、踊らせる、ではなく踊りたくなるところにある。


 効果時間は対象によってマチマチだが、この魔法が記された魔導書には「満足するまで」と書かれていた。




 そもそも「満足するまで踊りたくなる」という効果で、意識を持たない物に効果があるのも不可思議だが、逆に人格を持っていたチ〇ポがそのままにせよ人になるにせよ、踊っていないのはおかしいではないか。




 踊っていないのは、魔法が上手く発動しなかった?


 いや、チ〇ポが人になったのは理屈はどうあれ紛れもなく魔法に対する反応、魔法自体は発動しているはずだ。


 となると、「満足するまで踊りたくなる」効果がなんらかの形で今も作用しているはず。




 おそらく、この「なんらか」こそが、「チ〇ポがチ〇ポになった」の最大の原因であり、解決の手がかりだろう。




「何か、したいことはある? なんていうか、これをしないと満足できない! っていう目標とか、願いとか、そんな感じの」




 漠然とした質問にも関わらず、チ〇ポは確固たる信念を宿した眸で俺を見据え、




「我は武を極めんとする者。真の強者との血湧き肉躍る戦いを望む。それが果たせぬ限り、この心が満ちることはなかろう」




 チ〇ポはそう言うと、身体を翻して西の方角を指差す。




「父上よ。彼の方向より武を感じる故、我は行く。ウヌが武を求めるなら、再び相まみえよう」




 そのまま駆け出し、勢いをつけ、頭の前で腕を交差させて―――




「ちょ、ちょっと待っ」




 壮絶な破壊音を響かせて寝室の壁を破壊し、闇が落ちる森へ飛び込んでいった。




 壁の断片、また壁に掛けられていた無数の武具が、中空に飛び出す。


 それらは地面に到達すると、高い音や鈍い音を放つ。




「え、あ、ど、どうしようこれ!」




 突然の行動に脳内が激しく混乱し、チ〇ポの言葉を咀嚼しきれない中、ふとあることに気付く。








―――遮音結界が壊れている!




「マズイマズイ! 人が来る! どうにかしないと! まずは………えー。どうしようどうしよう!」




 考えが纏まらず、俺はその場で情けなくアワアワしてしまう。




「えーと、えーと。そ、そうだ!魔王様だ!魔王さ…ま?」




 壁が破壊されて数秒、暫く振りに魔王のことを思い出し、倒れていた場所へ視線を向ける。




 が、チ〇ポに気を取られ過ぎていた俺は、そこでようやく気付くのだ。




 魔王の姿が無いことに。




 そして―――








 ―――魔王がいたはずの場所に、小柄な少女が倒れていることに。


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