第28話


深谷が言っていた『思い出さなくていい』というのは、俺が『人を殺した』ことなのだろうか。


そんな記憶は無いし、事実だとしても俺は捕まっていない。


人を殺しておいて普通の生活が出来ていたとは考えられなかった。


望月 愼介:「誰かと間違えてるだけだろ。殺しだなんて有り得ねぇ!」


???:「お前が忘れていてもワタシはこの20年間、お前の事を忘れた事は無い。ワタシはお前が憎い。ワタシの幸せを奪ったんだ」


望月 愼介:「ふざけんじゃねぇ!! 身に覚えが無い事で殺されてたまるか!」


???:「望月愼介。ワタシはお前を殺せればそれでいい」


望月 愼介:「こんのやろうッ!!」


俺は小窓を割るつもりで、拳を叩き付ける。


???:「どこに閉じ込められてるか分かるか?」


望月 愼介:「……は?」


俺は狭いゴミ捨て場だと思っていた。


???:「焼却炉だ。お前はそこで灰になるんだよ」


望月 愼介:「な!?」


???:「苦しんで死ね。望月愼介。ワタシはお前を許さない」


負の感情が詰まった言葉を吐き捨てた男は、小窓から離れて笑う。


瞬間、月明かり以外の眩い光が焼却炉の中を満たした。


炎だ。


新聞紙の切れ端が黒くなり、薪は身を焦がしながらオレンジ色の炎を強くする。


望月 愼介:「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


一気に焼却炉の温度が上がり、至近距離の炎に目が開けてられなくなった。


俺は慌てて燃え盛る薪を足で蹴飛ばし、焼却炉の奥に押し込む。


大人の男が入れるからといって、この焼却炉は広いわけではない。


奥に押し込んで小窓に背中を押し付けても、揺れる炎はズボンの裾を狙っていた。


望月 愼介:「畜生ッ! クソ野郎! 俺をここから出せ!!」


小窓の外に向かって叫ぶが、もうガラガラした男の声は返ってこなかった。


目の前の薪はパチパチと音を立てながら炎の勢いを上げ、ガムテープの塊も一緒に燃えていた。


熱に犯された皮膚がヒリヒリと痛みだし、皮膚から水分が蒸発していくのが分かる。


望月 愼介:「出してくれッ!! 昌暉っ! 助けてくれッ!!」


206号室に隠れていると思っている昌暉の名を呼ぶが、人が来る気配は無かった。


眼球の水分が蒸発するので瞼を閉じるが、薄い肉では熱から守れず両手で顔を覆った。


望月 愼介:「ゲホッ……ゲホッゲホッ……」


熱くて痛いだけでなく、燃えた有機物から発生する煙と臭いで咽てしまう。


望月 愼介:「誰かッ! 助けて……くれッ……たの、む……」


俺は小窓の前で体を小さく丸める。


煙のせいで溢れる涙は頬を伝う事なく蒸発した。


スマホは熱のせいで起動しなくなっている。


もう助けは呼べない。


神澤は手足を引き千切られて死んでいた。


悲鳴が聞こえなかったのは、あの男のせいだろう。


目の前で陣内と軽部が殺された。


近くに居たのに守れなかった。


昌暉は部屋から出てこないが、間違いなくあの男に狙われている。


望月 愼介:「クソッ……」


燃えて死ぬなら、一酸化炭素中毒で死んでしまいたい。


生きたまま焼かれるなんて、そんなの嫌だ。


だがこんな最悪な状況では、俺の小さな願いすら叶えてもらえなかった。


スニーカーとズボンの裾に、オレンジ色の炎が燃え移っていたのだ。


望月 愼介:「あぁクソッ!!」


熱から眼球を守ろうと、硬く目を瞑っていたから気が付くのに少々遅れてしまった。


俺は慌ててスニーカーを脱ぎ捨て、ズボンの裾の炎を手の平で叩き消す。


そのせいで風が起こり、炎の先が揺れた。


チリチリと薪以外が燃える音と臭い。


望月 愼介:「あっち!! クソッ!」


サイドに垂らしていた前髪が炎の熱に犯されていた。


少し癖のある髪が、傷んだ毛先から短くなっていく。


熱くなった体から汗が噴き出しているはずなのに、だらだらと汗が流れる気配が無い。


俺は直接炎の熱が当たらないように、着ていたTシャツを脱いで壁を作る。


だが皮膚の表面温度が少し下がった程度で、焼却炉内の温度は高くなる一方だった。


耐えるだけしかできなかったが、皮膚の表面に異変を感じて薄く瞼を開けると、腕にボコボコと水膨れが出来ていた。


薄い皮膚の下で組織液がふつふつと温度を上げているのが分かる。


更にその下、体中に張り巡らされている血管は、温度の上がった血液を運び続けている。


熱い。


心臓が熱い。



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