第24話 神澤視点


▶『開ける』



私は望月さんが帰って来た事に安堵の溜め息を漏らしながら、扉のカギを解除した。


神澤 真梨菜:「早かったね……え?」


真っ暗な廊下には誰も居なかった。


神澤 真梨菜:「ど、どこに居るの?」


笑えないんだけど。


普通に怖いから。


私は扉の隙間から顔を出して、廊下の左右を確認する。


スマホのライトで照らしてみるが、何も、誰も、見当たらなかった。


神澤 真梨菜:「も、もしかして……女の子の仕業?」


???:「ハズレだ。お嬢さん」


神澤 真梨菜:「ッ!?」


背後からノイズ混じりのガサガサした男の声が聞こえた。


地を這うような低い声に両足が囚われ、逃げ出したいのに動けなかった。


怖い。


背後に居るのは、人ではない。


部屋には私しか居なかった。


扉の先には誰も居なかった。


私が気付かない間に、部屋に入って来たとは考えられない。


神澤 真梨菜:「たすけっ……」


???:「口が渇いて声が出せないのかな?」


近付いてくる男の声に、鳥肌が立つ。


私は恐怖で竦む足に鞭を打って、扉の外に足を出した。


だが、体が廊下に出る事は無かった。


背後から強い力に引っ張られたからだ。


小さな抵抗すら出来ず、まるで体中が無数の手に支配されているかのようだった。


???:「逃げるのはナシだよ、お嬢さん」


神澤 真梨菜:「い、イヤッ!!」


私の手が離れた扉は、ゆっくりと口を閉ざしていく。


バタンッ!!


大きな音を立てて扉は閉まった。


唯一の出口が塞がり、恐怖と緊張で涙が溢れた。


???:「ワタシが何者なのか、気になるかい?」


ガサガサした低い声が、喉で笑っている。


???:「それとも、何でこんなことするのかの方が気になるかな?」


何がそんなに楽しいのか、男はずっと笑っている。


神澤 真梨菜:「もち、づ……き、さ……」


必死に助けを呼ぶが、恐怖で口が渇いて声が出ない。


???:「それは君の恋人かい? あとで会えるから気にするな」


そう言いながら低い声が動き、声の主が私の前に立った。


神澤 真梨菜:「ッ!!」


半透明な男は、腐敗した死体のような姿をしていた。


ミイラの様に骨に張り付く変色した皮膚。


所々肉が崩れて骨が露出している。


歯は剥き出しで、眼球は白く濁っていて右目は潰れていた。


頬を這うウジ虫を見て、吐きそうになる。


ウジ虫は男とは異なり、半透明ではなかった。


???:「いいね、その怯えた顔。あの人に似てる」


男の腕が動く。


ギシギシとした鈍い動きは、油を差していないブリキのオモチャの様だった。


皮膚が張り付く細い指先が、涙で濡れる私の頬を撫でる。


???:「気が変わった。君は美しいね。ワタシは君が欲しくなったよ」


男が口を開いて笑うと、三匹のウジ虫が口から出て来て男の顔を這う。


美しい?


欲しい?


……ここは元、病院だ。


もしかして、この男は……。


神澤 真梨菜:「エ、……の」


ニュースで報道されていたを思い出す。


???:「ワタシはその事件の犯人じゃないよ」


男はガサガサと笑う。


???:「確かにあの男の趣味は素晴らしかったな。友人になれたかもしれない」


私の頬を撫でる手に向かって、ウジ虫が腕を這ってくる。


神澤 真梨菜:「ひぃっ!!イヤッ!!」


一匹、二匹と数が増える。


???:「あぁ、こらこら。綺麗な肌が汚れてしまうだろ」


男は呆れた声で私の頬から手を放すと、腕を振ってウジ虫を床に叩き落とした。


???:「どうだい? ワタシの傍にずっと居ないかい? 可愛がってあげるよ?」


男は顔を近付けて、腐った舌で頬を舐め上げる。


神澤 真梨菜:「いやぁぁああッ!!」


ビリビリと痛いほどの鳥肌が全身を襲う。


腐乱臭がしないのは、この男が半透明だからだろうか。


でも舐められた頬は濡れている。


気持ち悪い。


???:「さぁ、返事はどうする?」


悲鳴を上げる私を見て楽しんでいる男は、ニヤニヤしながら耳を舐めた。


神澤 真梨菜:「イヤッ! イヤッ、やめて!! 望月さん助けてッ!」


体で抵抗できない私は、必死で一階に居る望月さんを呼んだ。


???:「はぁ、そうか。それは残念だよ」


男は、すっと私から離れた。


???:「でも、ワタシの気は変わらないから、嫌なら力尽くでも連れて行くさ」


一度離れた手は、私の首を捉えた。


神澤 真梨菜:「うぐっ」


???:「まぁ欲しいのは首から下だけどね」



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