第56話 グレイル視点
ここ数年の間に陛下は大きな魔石を手に入れよと命じ兵を出兵させることが度々ある。
異世界から召喚した者に高い食べ物を出させるためだ。おのれの食欲を満たすためだけに、兵までも動かす……。
まぁ戦争もなく、街を襲う魔物があふれるわけでもないため、兵たちには「訓練」という名目で強い魔物の討伐を定期的に行ってもらっている。実際よい訓練になるのだから一石二鳥といえばそうなのだが……。だが……。
「どうしますか?」
ダンの言葉に意識を戻す。
ダメだ。どうにも、リツが召喚されてからというもの、陛下の行いに関して考えることがやたらと増えた。今までも目に余るものではあったが……。どうにかしなければという思いがここまで強かったわけではない。
隣国と戦争を始めるなど看過できないことをしなければいいだろうと……。その程度にしか考えていなかった。願わくば正気に戻ってほしいとは思っていたが。
「……そうだな……まずはどういった理由で魔石の輸入量を増やしたいのか調べることが先だろう。この先もずっと需要があるのか、それとも短期間だけ必要としているのかによって、対応を変えるべきだろう」
ダンがちょっとため息を吐き出した。
「まぁ、そうですよね。官吏も使者に理由を尋ねるなど探りを入れてはいるのですが、どうにもはっきりとした理由を言わないようなのですよ。何かを隠している……自然災害による一時的な魔石生産量が減ったという単純な理由ではないようなんですよね」
「……隠す?一番可能性が高いことと言えば……戦争準備か?」
「そうですね。戦争が始まれば嫌でも魔石畑は維持できず魔石が手に入りにくくなります。始まる前に大量に備蓄するのは戦争の定石ですね。……傭兵などをかき集めていればその分普段より人口が増えて必要な魔石量が増えているという可能性もあるでしょうし」
ちっ。
思わず舌打ちが漏れる。
腑抜けた陛下がこの国を治めているこの時期に戦争など始まれば……どうなることか。
「いや、逆か……陛下のことが隣国に噂として流れているのか?それをチャンスと考えて戦争を始めようと……」
俺のつぶやきにダンが眉根に寄った皺を指でほぐした。
「可能性としては……あるかもしれないですね。噂……とはどのようにねじ曲がって届くかわかりませんし。陛下が異世界から聖女を召喚している……との噂が流れ、世界征服でも企んでいると曲解されている可能性もありますね」
ちっ。
二度目の舌打ちをする。
確かに……可能性としてないわけではない。
世界を救う力が本当に聖女にあるのだとすれば、その強大な力を、世界ではなく一国をすくうために使わせることもできるのではと考えるだろう。……聖女の力を戦争に使おうとしている……。そう疑われても仕方がない。
陛下には……やはり早々に退いてもらい、召喚魔法が使えるあの神官も何とかしなくては。
ぎりぎりと奥歯をかみしめる。
この国だけの問題ではない。戦争のきっかけになってしまうとなれば、一国の問題だけでは収まらない。もう、グダグダといろいろなことに目をつむって先延ばしにすることはできないのだろう……。
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不穏な空気
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