第55話 グレイル視点

 神話など作り話だろうに。聖女など、しょせんは教会側が作り出した都合のいい偶像だろう。

 人類滅亡の危機に、異世界から召喚された聖女が人々を救う――。

 実にばかばかしい。

 なぜ、異世界から召喚した聖女に救いを求めるんだ?自分たちで解決できないような危機を、異世界からぽんときた一人の女がどうこうできるわけがない。というより、この世界を救うために聖女の都合も考えずに呼びつけるんだぞ?

 呼びつけられた聖女が、この世界を救うために素直に協力してくれるものなのか?

 召喚魔法が使えると言う神官が、陛下に取り入った。……すぐに召喚を執り行うと、異世界の人間が現れ、食べたことのないご馳走を陛下に出した……あれからだ。

 陛下は異世界の食べ物の虜になってしまった。食べたことのない食べ物。その味に。

 食べることが何よりの幸福と考え、他のことへの興味を失ってしまった。

 ……もしかすると、異世界人が出した食べ物に、人を魅了し、操るような何かが含まれていたのではないかと怪しむほど陛下は変わった。

 他にもっと異世界の食べ物が食べたいと、召喚ができる神官をそばに置き、好きにさせている。

 そして、2人目に召喚された者はこの世界の空気が合わなかったのかほどなくして亡くなり、3人目に召喚されたリツは……城をあっけなく追放された。

 元はと言えば、聖女がこの世界を救うなどというバカげた神話のせいだ。

 ……その神話を信じる者たちが少なからずいることで……召喚魔法が使えるあの神官を排除することが難しくなっている。

 かわいそうなリツ。

 リツはこの世界の犠牲者だ。

 そして、俺も……加害者だ。リツに対して……もっと償わなければならないと言うのに……。

 女性だと聞かされた後も、十分な責任を取ったとはいいがたく……。ああああ。くそっ。

「殿下、この書類の件ですが、いかがしますか?」

 はっ。

 そうだ。今は執務中だった。

 ダンの言葉に、差し出された書類を手に取る。

「魔石の輸出量を増やす?我が国の北に位置する国から輸入量を増やしたいと要請が来ているのか……」

 うーんと首を傾げる。

 確か半年前にも1年前にも同じ案件を扱った気がするが……。

「魔石畑が災害に見舞われ魔石の生産量が足りなかったのか……と、思っていたが。もう1年だろう。人口が急激に増えたのか?それとも魔石から出す料理の種類に変化でもあったのか?」

 この状態が何年も続くのであれば本格的に魔石畑を……飼育する魔物を増やして増産も考えた方がよいのかもしれないが……。数年で落ち着くのであれば、落ち着いた後広げた畑が無駄になる。

 畑で飼育する魔物が人に危害を加えるようなことが起きることはめったにないが、万が一管理しきれなくなり畑から魔物が逃げ出すようなことがあれば、逃げ出した魔物を食料とする魔物を引き寄せてしまうことになる。

 それらの魔物からは大きな魔石が取れるが、人に危害も加えるため冒険者や兵士など一部の訓練された者でなければ倒すことは困難になる。

 さらに強い魔物ともなれば、一部隊、もしくはそれ以上の人間で討伐することになる。魔石の大きさは桁外れになるが、危険も桁外れだ。

 ……よほどのことがない限り大きな魔石など必要となることはないのだが……。

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