第51話 グレイル視点


 父が生きていれば父の仕事になっていたのだ。願わくば、幼き弟が野心のある男に成長することを……。

 いや、まだ陛下が世継ぎを設ける可能性も捨てるわけにはいかないな。過去には70になっても子供をもうけていた王もいるという話だ。

 しかし、どうしてこのようなことになってしまったのか。

 陛下……伯父は凡庸な人間であったはずだ。

 良くも悪くも凡庸。つまりは、愚鈍でも、虚仮でもない。

 それなりの家臣に支えられ、平凡な治世を送るはずだったのだ。

 幸いにして、隣国との争いもない平和な時代だ。問題を起こさなければ何事もなく無難に王の役目を務めるだろうと思われていた。

 陛下がおかしくなったのは……あの時からだ。

 神官皇が代替わりしたあのとき。

 ……いや、正確にはあの男が陛下の元を訪ねてきたときからだ。

 神官皇は新しい料理を開発することに心血を注ぐ男に決まった。

 世界中を旅して食材を探しに行くことが楽しみという、権力には興味のないエルフの血を引く男だったが、男の生み出す新しい料理が教会で祝福を与える……本物の料理を高く売るにはうってつけだったこと。そして、男が料理を作るための材料を得るために必要な緑の手の持ち主だったことで神官皇に抜擢されたと聞く。

 ……もしかすると、彼もまた俺と同じように、望んでもいない役割を背負わされている犠牲者なのかもしれない。

 俺と同じように、とても人の上に立つような立派な髭を携えた容姿もしていないし。人前に出ることが得意だとは思えない。が、彼はエルフの血を引いているというから美醜の基準も違うのかもしれないが……。

 そういえば……。

 リツは俺のことかっこいいって……。

 急に思い出して顔が熱くなる。

 リツの故郷では髭が生えていないのが普通だと……本当だろうか。

 俺を慰めるために、適当なことを言っただけなんじゃないだろうか……?

 リツはいい子……いや、子供扱いはしちゃダメだったな。とてもいい女だ。……うん、言葉としてしっくりこないな。素敵な女性だ。

「あ……」

 そうだ。見た目でいえばかわいくて、子供みたいで、女というにはその……スタイルもいい女と呼ばれる者には到底及ばず、美しさにおいても、人を虜にするような息を飲むような派手さもなく。色気も何もないが……。

 間違いなく素敵だし、かわいい。いや、だから、かわいいという単語は子供以外には決して誉め言葉じゃないが。何といえばいいんだろう。

 どちらかと言えば、体格はエルフの女性に似ているし、顔付きは東のほうの国の者に似ている感じはある。

「どうしたんですか?突然声を出して」

「い、いや、何でもない……その、エルフの女性は……細くてこの国の女性とは違うだろう?」

「そうですね。細いですね。胸もお尻も腰も肩も全部細い。まるで10歳の少年の身長をそのまま伸ばしたような体つきの者が多いようですね。容姿も、ぽってりと厚くて大きなセクシーな唇でも、彫が深くくっきりとした二重の人を虜にするような瞳でもなく、なんだか作られた彫像のようだと言う者もいますね……って、突然何の話ですか?」

 ダンが訝しげな眼を俺に向ける。

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