第14話
呪いの事件は過去三回。一度目は、単なる『おまじない』から、偶然本物の呪文と手順をおこなってしまい発動した、相手を『病』にする呪い。
二度目の邂逅は、今回と同じように、他者を殺す呪いで、関わった時点
もう手遅れだった。
三度目は、呪いが起こる前で事前に食い止めた。
事実上、発動したの呪いを止めたのは、一度目の一回のみであった。それも、よくわからない中で、とりあえず取った行動が結果的に呪いを解いた、という偶然の産物であったことを考えると、実質的に実力で解決したとはいえないのだ。
「話に聞くと、世の中には『生霊』というものもあるらしいし、『超能力者』というものもいるらしいが、俺はどっちにも遭遇したことがない。だから、俺の力が生きている人間が及ぼす超常の力に干渉できるのかの確証がないんだが……俺の経験則から、干渉できないと思っている。これは、理論的な実例がある訳じゃなくて、感覚的な部分が大きいんだけどな」
「それなら、尚更危険じゃないの」
「ああ。でも、やらなきゃ。俺の力が及ばないなら、そんなヤバい『呪い』を振りまいている奴を突き止めて、やめさせる。そいつが、どんな奴かは分からないが、『呪い』を操るのであれば、俺はそこまで危険じゃないはずだしな」
「呪いの法則と性質を考えれば、確かに、その考えはあり得るね」
呪いのシステム、『代価』は、自らの強い意思で、望んで払わなくては成立しない。誰かに騙されたり、唆されたりして支払う代価では、意味がないのだ。そして、常に呪いを成立させるには、効果よりも大きな代価を伴う。
となれば、まず殺されることはない。
死ぬ呪い以外なら、相応の代価で解くこともできる。
「そうは言っても、最低でも五年前の、すでに死んでいる人間が関わった人間だ。表向きではない、後ろ暗い知り合いか、偶然出会った何者かか……」
「ちょっと待って。どのみち、高校生が調べられる内容ではないわ。警察か、本物の探偵でもない限りは、そんなの突き止められない」
「俺たちは、十年前の呪いの『原因』にまで辿りついたんだぞ? やってみなければ分からない」
「それはそうだけど……あなたがそれをする理由が分からないわ。報酬も、なにもないのに」
「無駄だよ、緋ノ森さん。祝詞は、そういうやつなんだ。ドライで斜に構えている捻くれ者だけど、理不尽や不条理が許せない。自分の中のルールがあって、それを曲げないし、ブレない。祝詞はね、そういう、正義の味方を体現するようなことをする男なんだよ」
なぜか嬉しそうに親光が言った。
「頼光、だからそういうのは、本人がいない時に言えよ。気まずいだろう」
「確かに、式守君は、見た目よりも遥かに『善い人』だというのは、私も分かっているけど、それでも、これは割に合わない」
「緋ノ森、お前までそんなことを……。みんな揃って勘違いだ。俺はいつだって、自分が気に食わないからやってるんだ。幽霊を消すのも、呪いに関わるのも、俺の腹が立つからだ。世の中一般で言う正義感とかじゃない。正直なところ、佐藤 淳は呪われて当然だと思うし、もしも助ける方法があったとしても、それを教えていたかは、分からない。俺は、命は平等だとも思っていないし、失ってよい命なんてないとも思わない」
祝詞は自分で淹れたコーヒーを啜る。
世の中には、確かに過失はある。だがそれは、本当に回避できなかった過失なのか。
自分の態度が原因で部下が次々とやめていく現状や、周囲から再三忠告されていたにも関わらず、態度を改めなかった佐藤 淳は過失なのだろうか。
彼がもう少し謙虚に、客観的な視点を持てたなら。
あとほんの少しだけ、相手の気持ちを察することが出来たなら。
あるいは、傲慢を押し通すだけの正当な信念と理由を持ち合わせていたのなら。
その傲慢に理解を示し、擁護する者もいただろう。
だが、実際にはそれがなかった。
彼はただ自分の機嫌や虫の居所のみを優先し、周囲の人間の精神をすり減らし続けた。
そこには崇高な信念も理由もなく、確固たる意志をもって他者を傷つけようとする悪意すら、なかったのだ。
杏璃や頼光が言うように、祝詞は自分の特異な力を人助けに使う程度には善人であるが、自分で言うように、罪を犯した一定の人間は死んで然るべきと思う程度に過激な思想を持っている。
彼の中に確固たる正義があるのではなく、ただ自分が間違っていると思うことに対して、それを何とかしようとする。
誰にでもある、当たり前の行動理由。
「安心してくれ。手を貸せとは言わない。ただ、わざわざウチに呼んでまで言いたかったのは、呪いを教えたやつ……呪いを広めてるかもしれないやつがいるってことだ。つまり、これからも、こういう類のものが増える可能性があるから、ええと、気を付けろって話だ」
「僕は手伝うよ。いつも通りにね。それに、僕なら今回みたいな呪いにも耐性がある」
頼光の申し出に、祝詞は『やっぱりな』という表情で肩をすくめる。
「もちろん、私はここまでよ。忠告感謝するわ。それに改めて、色々とありがとう」
杏璃はそう言って、席を立つ。
「あと、コーヒーご馳走様。美味しかったわ」
「また、学校でね」
頼光が言うと、杏璃は小さく手を振って客殿を出ていった。
杏璃の靡く髪と、綺麗な後ろ姿を見送った後で、祝詞は改めて口を開く。
「それで、多少見当はついているのかい?」
「ああ。本当に、僅かだがな」
今回の一件を調べる過程で、高木紗代の知り合い、友人と両親にまでコンタクトを取ったその中で、高木紗代の日記を見せてもらうことができた。
もちろん、その場で少し見せて貰っただけだが、その中にどこにも、誰にも繋がらない名前があったのだ。
塵野 異忌。
フルネームとは別にカタカナで殴り書きのように『チリノ』とあったので、おそらく苗字の読み方は『チリノ』であるが、名前は『イキ』だろうか。
その名前が、祝詞はどうにも異質に見えた。
「偽名っぽいだろ? だけど、同時にただの偽名って感じもしなくて……とにかく、なんか嫌な感じがしたんだよ。この名前」
「どこにも繋がらない名前か。それってもう、そいつが犯人で決まりみたいなものじゃないか?」
「もちろん。仮定にしてもなんにしても、一先ずこの『塵野 異忌』が、呪いを教えた犯人としてしまうのは構わないんだが、何しろここからの手がかりがない」
「名前だけじゃ、どうにもならないね」
「だろ?」
苦笑いをしながら、祝詞は考える。
調査能力だけを見れば、親光も祝詞も、ただの高校生の範疇を越えることはなく、多少行動力があり、図々しさに長けている分、聞き込みなどは慣れているが、それでも、まったくもって一般人なのである。
増してや、警察とも探偵とも、推理作家やミステリーマニアとも接点のない二人は、素人が調べて分からないものは、文字通り分からないのである。
逆を言えば、この程度の力しか持っていなくても、人一人が十年前に誰に何をしたのかくらいは突き止められるという訳だ。無論、そこにはかなりの運要素があり、祝詞は実に幸運であったことは事実だが。
つまり、ここから先は突き止めたくとも、本当にお手上げの可能性が高かった。
「俺たちは、探偵じゃないし、世の中は、ミステリー小説のように、完成されたトリックで謎が演出されてる訳じゃない。分からない謎は永久に分からないし、分かるものは案外あっけなく分かったりするものだ。それこそ、推理小説としては一次選考で墜ちる程度のお粗末な結論であることも少なくない」
半分は自分に言い訳するように祝詞は言う。
例えば、漫画の主人公にように、特別な力があるのなら、悪を倒すヒーローになれる。
そんな方程式さえ、成り立たないのがこの現実だ。
祝詞は確実に特殊な力を持っているが、正義のヒーローになどなれはしないし、世界を救う組織からのスカウトもない。
ただ、自分の数奇な力と地道に向き合って、自分なりに考えた何かを道しるべに、手探りで生きるのが関の山だ。
「僕も調べてみるけど、期待はしない方がいいかな。それと、祝詞も無理は絶対にしないようにね」
「ああ、分かってる」
祝詞は噛み締めるようにそう答えた。
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