第10話

 祝詞たちには、特別な捜査力はない。

 知人や協力者に、警察関係もプロの探偵もない彼らが、誰かの人生を調べようとすれば、それは想像以上に困難である。

 祝詞の実家の檀家から人脈を広げていけば、どこかにそれらの関係者がいるであろうが、家とそれほど良好な関係を保てていない祝詞は、そこから『佐藤 淳』を調べる訳にもいかなかった。

 淳本人から心当たりを聞けるというメリットはあるものの、呪われるほどの恨みに関して、すぐに思い出せない時点でそこから辿ることが困難であることを物語っていた。

 案の定、祝詞は呪いの出どころに関して、行き詰りつつあった。

 健全な高校生である祝詞は、当然のことながら授業にはきっちり参加する訳なので、調査に割ける時間は、放課後か土、日、祝日のみに限定されるわけで、成功報酬をうたっている手前、さほど資金もかける訳にはいかないのが現状だ。

 そもそも祝詞は、探偵まがいのことは得意な方ではない。幽霊を無条件で消滅させることができる力を持っていて、それに伴い『幽霊』のシステム、仕組みに関して詳しいだけで、それ以上ではないのだ。

 淳と実際に会った日から、すでに一ヵ月が過ぎようとしていた。

 これまでで分かったことは、佐藤 淳がさほど善人ではないということであった。

 そんなことを言ってしまえば、大抵の人間がいうほどの善人でも悪人でもないのだが、どうにも勤め先の同僚や、フランチャイズ経営をしているボードゲームカフェのアルバイトの話を聞くと、とにかく好感度が低い。

 確かに、淳が人当たりの良い人間ではないことは、なんとなく分かっていた。祝詞と同じとはいわないが、親光や杏璃たちのように無意識か意図的かは別として、他人に好かれる表情や態度をとれるタイプではない。どちらかといえば、祝詞や加一のように、初対面や付き合いが浅い人間にはマイナスのイメージを持たれる側だと言える。

 祝詞は職業柄、そして接する人間の種類から、あえて皮肉屋で、ある意味否定的とも言えるような、一本線を引いた態度をとるようにしているのだが、加一は社交的とは程遠い、コミュニケーションが不得意な人間だ。

 言葉が足りない、言い方が良くないなど、決して悪意はなくても、悪い方に誤解されることが常だ。

「淳さんって、どっちかというと、やっぱり悪人、なんじゃないかな?」

 他人を悪く言わないことが殆どの頼光が、珍しくそんなことを言う。

 平日の夕方、下校途中で『アンバードロップ』に寄って、これまでに調査した内容とこれからどう調べていくのかを祝詞と頼光、杏璃の三人は話し合っていた。

「千賀君も、誰かを『悪人だ』なんていうのね」

 意外に思ったのか、杏璃がそんな風に言った。

「言うさ。僕はみんなが思うほど、良い人じゃないからね」

「そうなの?」

「そうだよ。多分、本当の意味での『善人』は、きっと祝詞の方だ。僕は、いくらお金を貰っても、自分が危険な目にあうようなこの仕事をしようとは思わない。っていうか、どんなに自分に特別な力があっても、誰かを助けようなんて、僕は思わない。その分、祝詞は凄いよ」

 頼光の言葉に、横から少し呆れたようなため息が聞こえた。

「頼光、本人がいるところで、そういうことをいうのはやめろ。気まずいことこの上ない」

「だって事実だろう?」

「だから、やめろって。それで、なんで悪人だって思うんだ?」

「いや、だってさ、同僚は本心を隠してて何も言わなかったけど、アルバイトは色々言っていたじゃん」

 無邪気とも言えるような口調で頼光が言う。

「アルバイトの人達? 別に悪口とか入っていなかったと思うけど」

 杏璃は言って、小首を傾げる。

 佐藤 淳の身辺調査には、杏璃も同行することが殆どだった。

 男二人よりも、学校でも噂になるくらいの美少女がいた方が、何かと話を聞き出しやすいと、杏璃が強引に言って参加していたのだ。

「淳さんの話を聞こうとした時の、アルバイト達の表情だよ。少しバカにしたような、嘲るような笑いをした後、それを隠すように飲み込んで質問に答えてただろう? 同僚たちは一応大人だから、表情や本心を隠すのも上手だけど、働いてるアルバイトは高校生や大学生。一瞬、素の感情が出てしまうんだ」

「凄い……そんなところを見てるの?」

「これも、祝詞から教わったことだよ。だから、凄いのは祝詞。君も、教わるといいかもしれないよ? 祝詞の価値観や生き方は、控えめに言っても見る世界が変わる」

「だから、そういうことは、せめて俺がいないところで言ってくれ。目の前で言われると、ただの拷問みたいだ」

「もちろん、祝詞がいないところでも言ってるよ」

「……どっちもやめてくれ」

「でも、バイトの人達の僅かな表情で、『悪人』とまで判断する理由は何?」

 話を戻すように杏璃が言うと、

「悪人、というのはさすがに言い過ぎだとは思うけど、『バイト達から嫌われている』という意味では、さっきの表情で十分だ」

 答えたのは、祝詞だった。

「もしも、慕われている社員なら、聞かれた時には真っ先にプラスの感情が出てくる。難とも思っていない場合は、本当に何を言うべきか悩むそぶりを見せる。同じ嫌われているとしても、上司に正当性がある場合は、嘲るような表情は出ない。バカにしたような感情が出るのは……」

「理不尽で、理由も根拠も説明されない、高圧的なフィードバックが多い……から?」

 祝詞の言葉の後を続けたのは、杏璃だった。

「そういうこと。正当性の無い感情的なフィードバックは、理由のない区別……差別と変わらない。そんなことを言う上司が、善人なはずはないってことだ」

「それじゃ、同僚も、本当は彼をよく思っていない、ってことかしら?」

「そう考えて間違いないだろうね」

 頼光が答える。

 祝詞は、注文してあったアイスコーヒーを飲み干して、大きなため息をついた。

「俺も、少し先入観が強すぎたな。同級生の友達の父親って時点で、すでにフラットな視点で見れていなかった」

「僕もだよ。いつもなら、最初に見抜いていたはずだ。淳さんの人間性をね」

 友人や友人の家族など、関係性が近くなれば近くなるほど、無意識にフィルターをかけて物事を見てしまうようになる。

 誰だって、近しい知り合いが、嫌われていたり、悪人だったりする可能性をなるべくなら考えたくはないものだ。そんな願望が、物事の本質を歪めてみせてしまう。

「緋ノ森には悪いが、淳さんが基本的に多くの人間に疎まれ、嫌われているという前提で調べを進めた方が、呪いをかけた人間には早く近づけるかもしれない」

 祝詞が言うと、杏璃は首を静かに左右に振った。

「いいのよ。別に私も、太鳳のお父さんに何か特別な感情や思いれがある訳ではないから」

 杏璃は淡々という口にした。

 祝詞とそれなりに長い時間を過ごしたからであろうか。祝詞の考えや物言いは、常に客観的であり、主観的な感情やそこに伴う人情的な部分が排除されている。

 残酷なほどに事実だけを口にする祝詞のやり方は、関わった人間の本質が合理的であれば合理的であるほど、容易に影響を受けやすいものだった。

 杏璃にとって、佐藤 太鳳は親しい友人で、少なくとも困っていたら助けたい存在ではある。だからこそ、そんな彼女が困るほど彼女の父親が霊障に遭っているのなら、なんとかしたいと思った。それはつまり、太鳳の心中を察し、太鳳の苦しみや悲しみの原因たるものを解決したいと思っているからであり、佐藤 淳そのものを助けたいと思うこととは微妙に別の問題なのだ。

「同僚や上司、部下が実際、彼をどう思っていたのか。どこまで悪く思われていたのか、という部分に焦点を当てて調べていけば、たどり着ける可能性が高い。……いやな調ベ方ではあるけど、こればかりは仕方ないな」

 祝詞は眉を顰めながらそう言った。

「幽霊相手なら、一発で終わりなのにな。分野が違うだけでこんなに何もできないとは……」

「太鳳のお父さんの肩に憑いていた幽霊は、本当に、バットの先端で小突いただけで消したものね。式守君の力は、なんというか別次元なのは理解できるわ」

「…………」

 杏璃の言葉に何か引っかかりのようなものを覚え、祝詞はじっと、彼女を見た。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。それより、佐藤 淳の前の、更にもう一つ前の職場にいた人間にも聞き込みをした方がいいな」

「今の職業がボードゲームカフェのプロデューサー兼デザイナーで、前職がウエブデザイナー。その前は……『ソーシャルゲーム』の運営と開発か」

 頼光が首をひねって言う。

「ゲーム開発ねぇ。ゲーム関係は、どこもブラックっていうからな。そのブラックな現場を作りだしてる側だったとなれば、そりゃ、恨みも買うだろうな」

「あの、でも、太鳳のお父さんがゲームを作っていたのは、もう十年くらい前って話よ?」

「十年は、結構前だよな」

 十六歳の祝詞たちにとって、人生の半分以上の時間である十年は、かなり大きく、長い時間に感じる。

「そもそも、十年前って言ったら、ソーシャルゲームブームで、色々な会社がポチポチ系の単純なシステムでゲーム作っていた時代、だよな」

 淳の前々職がゲーム関係だと聞いた時点で、極軽くではあるが、祝詞は調べていた。本人から聞きだした運営会社は、すでに存在していない。淳自身も、十年前の同僚の現在の連絡先(・・・・・・)を一人も知らないらしい。

「……十年前のことだからって、あまり気に留めていなかったけど、そういうことか」

「ははっ……それは多分、無意識に考えたくなかったから、除外していた可能性だね」

 祝詞に続き、それに相槌を打つ頼光。

「全員が、着拒か、あるいは番号、アドレス、IDを、わざわざ変えているってことよね?」

 杏璃も察したのか、導き出されるであろう答えを口にした。

「ゲーム事業部に在籍していたのは、全部で十人。内、途中で辞職したのが、九人。つまり、佐藤 淳以外の全ての社員が、退職しているってことだ。しかも、それが原因でゲームも畳んだって話だしな」

 すでに嫌な予感が、祝詞の中に沸き起こっていた。

 これは実に良くないことだ。

 佐藤 淳が呪われるほどに憎まれる理由。それが十年前に在籍していたゲーム会社時代にあるとすれば、それはもう、ほぼ確実にある種の『正当性』があるだろう。

 そして正当性がある以上(仮になかったとしても、呪いを解除することは困難だが)ほぼ解呪が不可能性あることが決まってしまう。

「十人。出来れば、全員に話を聞きたいな。少なくとも、五人以上には」

 祝詞たちの探偵めいた作業は、しばらく続きそうであった。

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