第8話

 高校の休み時間、教室内の自分の席で祝詞はタブレットとファイルを交互にみながら、別のノートに資料を纏めていた。

 その隣には頼光と、緋ノ森 杏璃までもが同席し、同様に資料を眺めている。

 加一からの電話と警告から、祝詞はいつも以上に慎重かつ、的確な安全が確保できるよう心掛けていた。

 専門家である加一曰く、呪いの『飛び火』(対象者ではなく、関わった周囲の人間に二次的、三次的に効果を及ぼすこと)に関しては、物理的な距離と、過ごした時間に確実に比例することから、祝詞たちはなるべく佐藤淳とその娘の太鳳と接触せずに調べを進めることにした。

 呪いの種類や効果は千差万別。支払った代償や、支払い方によっても微妙に性質と性能が異なる為、本当にこの方法で飛び火を防げるかどうかは分からないが、一先ず出来る安全マージンではある

 この前直接本人から聞いた情報の他に、追加で知りたい情報を杏璃越しに太鳳にまとめて送ってもらった祝詞たちは、呪いをかけた人間をなんとか特定できないかと淳の人間関係をベースに推理しているのだった。

 正直、こんな探偵まがいのことは、祝詞の得意とするところではなかったが、現状それ以外に佐藤淳の呪いを解く方法がないのだから仕方がない。

 調べながらも、祝詞には少し別に引っかかる部分があった。

 それはやはり、『飛び火』に関してであった。

 祝詞は当然ながら、自分の特異体質に関してはそれなりに理解している。

 幽霊を強制的に消滅させる力というか、体質がある他、どうにも呪いという現象に関しても、耐性がある。

 それは幽霊のように力技で消したり、干渉したりはできないものの、飛び火に関しては殆ど影響を受けず、この前の様に残穢がこびりついても、すぐに消すことが出来る。

 これに関して、祝詞の見解としては『呪い』は代価を支払った意図的な『術式』であるのに対し、『飛び火』は幽霊や霊障と同じように、派生して出来た意図しないもの、追加で発生する付録のようなものであることから、飛び火は呪いの『契約』内に含まれてはおらず、そのことから祝詞にも容易に消すことができるのだと考えている。

 だからこそ、淳の家に行って、本人と話し、彼越しに呪いを目にしても、さほどとばっちりを受けないのは納得できる。

 しかし、である。

 加一は、遠くから見ただけで、強い飛び火を受けた。

 体質だとするなら、あの日一緒にあの家に行った頼光と杏璃にも加一と同じような飛び火が起こってもおかしくはないのだ。

 だが、事実この二人には、飛び火どころか、残穢らしい残穢もない。

 そこが、祝詞には妙だった。

「う~ん、ここ数年では、特に目立って恨みを買っている人間はいなさそうだね」

 頼光が、そう口にする。

「もちろん、人間だからさ、多少なりとも恨まれたりはあるだろうけど、あれほど強い呪いをかけるほどに憎むって中々ないよね」

「なぁ、親光。お前、淳さんに会ってから、なにもないよな?」

「え? なにもって、呪いの飛び火、みたいなこと? 特にないけど……」

「緋ノ森は?」

「私も、別になにもないわ」

「それが、妙なんだよな」

「加一さんとの違いのことだね」

「ああ。加一に飛び火したなら、親光や緋ノ森にも飛び火して当然だが、それが起こっていない。俺には少し残穢が憑いていたけど、見たところ二人にはそれすらついていない。これが、もしかしたら、あの呪いの特性かもしれないって思ってな」

「特性が分かれば、何か回避する方法が分かるかもしれないってことか」

 頼光が言ったところで、杏璃が口を挟む。

「あの、その……加一さんって人も、幽霊が見えたりするの?」

 聞かれて、祝詞は少し悩んだ。

 そう言えば、加一自身、どれくらいまで幽霊的なものを見たり聞いたりできるのか、詳しく聞いたことがない。

「加一は呪いの専門家だ。といっても、観察がメインだから、呪いをかけることも解くこともできないただの傍観者なんだが。幽霊は、見えないかもしれないな」

「だとしたら、私も千賀君も、一応『見える』訳でしょ? ならば、所謂『霊能力』とか、『霊感』がある人にはあまり飛び火しない類の呪い……とか?」

 仮説としては悪くないが、それではまだ説明しきれない部分がある。

「それくらい明確で単純なら、いいんだけどな」

「もっと複雑なもの、なの?」

「分からない。ただ、なんとなくだけど、もっと微妙なというか、案外細かい基準がありそうな気がするんだよな」

「祝詞がそういうなら、きっとそうなんだろうね」

「千賀君ってホント、式守君のこと、信頼しているのね」

「そりゃそうだよ。祝詞は僕の恩人だし、超常的な事象に関してはピカイチなんだから。疑いようもないよ」

「呪いじゃなければ、『その通り』と言っているところだが、今回に関しては本当に『なんとなく』で曖昧な感覚だな。すまない」

 祝詞は実にフラットな口調でそう言って、

「緋ノ森、君は出来るなら手を退いた方がいいかもしれないぞ。今、呪いの飛び火を受けてないのは多分たまたま運が良かっただけの可能性も高い。それとも、命をかけて助けたいのか? 佐藤太鳳の父親を」

「祝詞、またそういう言い方をして……」

「気遣いも思いやりも大切だが、それらが介入すると、本質が伝わりにくくなるからな。俺が問いたいのは、現実的な価値観と優先順位の話だ。綺麗ごとではなく、実際に君は佐藤太鳳の父親の為に命を差し出せるのか、というところを明確にしておかないと、いざ呪いを解く解かないの話になった時に、迷うことになる。その迷いが明暗を分けるかもしれないんだ。今のうちにしっかりと決めておく必要がある」

 やはり、祝詞は淡々とした口調でそう言う。

 幽霊と渡り合うというのは、圧倒的な優位な力を持っている祝詞からしてみても、安全なこととは言い難いものだ。特に祝詞以外の普通の人間が霊障に遭った場合、それこと、命を落とすことだって珍しくない。

 それほどまでに、危険な幽霊(プログラム)も珍しくはない。

「建前が通用しないのは、本当だからね。命のやりとりになった時、迷っている余裕なんて、無いことが多いから」

 少し気まずそうに、親光が付け足す。

「大丈夫よ、千賀君。式守君が、あえてそういう言い方をする人だってことは、もう分かっているから。そうね……正直な話、太鳳のお父さんの為に、命を差し出すことはできない。太鳳には悪いけどね。太鳳を助けるならまだしも、その親の為に命は賭けられない」

 言いにくそうに、しかしはっきりと杏璃は言った。

「それでいい。それが君の境界線だ。絶対に忘れてはいけないし、守らなくてはいけない『退き時』だ。いいな?」

 いざとなれば見捨てる。その時に迷うな、という祝詞の強い意思が籠った言葉だ。

「分かってる。でも、命の危険が迫るまでは、一緒に調べるわ」

「俺がヤバいって言ったら、絶対に退けよ? 俺も頼光も、自分たちが危険になるなら、そこで手を退くつもりだからな」

「ええ。それで十分よ。ありがとう……私の友達の為に」

「特別料金は貰うつもりだよ。タダ働きじゃない。もちろん、成功報酬ってのは変わらないけどな」

 三人は、許す限りの時間を『佐藤淳』という男の近辺調査に費やすことにしたのだった。

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