2月21日(火)_先手を制する者は
体育館に足音が響く。
踏みしめるようなドスドスと重い音から、靴底と床板がすれる高音まで。そしてリズミカルにボールが叩きつけられる音も。
バスケの授業だった。
今日は男子が体育館を使う日。女子は外でマラソンだ。
男子の数は2クラスぶん。解人たちのクラスと隣のクラスとの合同だった。
ダムダムとドリブルをする運動部の男子。華麗なステップで、行く手を阻む相手チームの生徒たちを躱していく。一人、また一人と抜き去り、リング下でふわりと浮くようにジャンプ。
ホイッスルが鳴った。
白熱する試合を外から眺める生徒たち。コート数の関係で、生徒の半数は試合待ちで見学だった。
その中には解人の姿もある。
といっても彼の心は視線の先にはない。行き交うボールよりも気がかりなことがあった。
くるるのことだ。
バレンタインの日に友チョコを交換し合ってから一週間。互いに友だちだと確かめ合ってしばらくは解人の心は穏やかだった。それが、ここ数日は違う。心がざわつくことが多い。くるると話しているとき、くるると帰っているとき、くるるとご飯を食べているとき。
なんだか気持ちがざわつくのだ。
変だな、と解人は思っている。
晴れて友だちとなって喜ばしいはずなのに、どうしてくるるを見ていると心臓が跳ねるような瞬間があるのだろう、と。
解人が思わずため息をつく。
「なーにため息ついてんだ、解人!」
大きな声と共に、解人の肩にぐわっと腕が回される。解人はぐえ、と潰れたような声を上げながら、肩を組んできた人物を見る。
解人の友人──
「ちょっと考えごとしてたんだよ」
「なんだよ! どうしたどうした!! 話聞くぜ!!!」
「声デッカ」
野球大好きで、声量調整機能が壊れていて、思ったことをそのまま言う。それが剛志だった。
人と関わるのがあまり得意ではない解人からすれば、普通は話すきっかけすらないはずの人種。そんな彼と話すようになったのは、くるるの友人でギャルな委員長、高馬理央が関係している。剛志は理央の彼氏だった。
解人がくるると一緒にいるときに理央がひょっこりやってくる。すると剛志もやってきて、いつの間にか話す仲に……という具合だ。
違うタイプ同士の解人と剛志だったが、意外とウマが合った。
「笑うなよ、剛志」
「約束はできねーなー! まあ話せ話せ!」
「……はあ。わかったよ。…………こう、友だちってなんだろうなって思っててさ」
「友だち? そうだな」
剛志は解人の肩に回していた腕を離して、自分の胸元でわざとらしく組む。
「一緒にメシ食ったり、一緒に遊んだり、まあ、一緒にバカやったり……まあ、絡んでいたいやつだよな!」
「前向きさが眩しいよ、俺は」
「そうか?」
「なんつーか積極的だよな、剛志は」
解人は目を細めて尊敬のまなざしを向ける。向けられた剛志はと言えば、首を傾げた。
「そりゃそうだろ! 俺が絡みたいと思って絡んでんだからな。逆になにかあるのか?」
「それは確かに──……」
自分の振る舞いを思い出す解人。
朝、ホームルームに話しかけてくれるのはくるるだ。昼休み、ご飯を食べるのに誘ってくれるのも。帰り、一緒に駅まで歩こうと誘ってくれるのも、バイト先を見つけてきたのも……。
「あれ?」
「どうした? 家に忘れ物した小学生みたいな顔してるぞ!」
「いや、そんな絶望しては……ない……けど……」
解人は気づいてしまった。
いつも、くるるから行動をしてくれていたのだ。
呆然とする解人の顔をみた剛志が背中をバシバシと叩く。
「俺が解人を誘ってないのを気にしてんのか? 心配すんなって! 俺は部活ばっかでほとんど休みがねえだけだ! ダチじゃねえワケじゃねえから!」
「いや、違うけど、うん、ありがとう」
「おー? おお、なんかわからんが、落ち込むなって!」
剛志がグッと親指を立てて爽やかに笑う。
解人は、この底抜けに明るい友人を見ていたら、なんだか勇気が湧いてきた。
よし、と小さく呟く。
◆ ◇ ◆
昼休み。
くるるはバッグの中の弁当箱を探しながら、解人に一緒に食べようと声をかけることを考えていた。攻めあるのみ、攻めあるのみ。最近の合言葉だ。くるるペースで攻めあるのみ。
ランチバッグを引っ張りだしていると、ぬっと人影が近づく気配。
顔を上げると解人がいた。表情はどこか硬い。
「桜間さん、ご飯、その、一緒に食べない?」
「えっ」
そんな! 先手を打たれた! くるるはそう思ってすっとんきょうな声を出した。
「あ……いや、無理にとは言わないけどさ」
「違う違うの! 違う! 一緒に食べよ?」
「……! ああ、食べよっか」
解人が柔らかく笑うのが、くるるにも分かった。
今日くらいは攻めじゃなくても、いいよね? そう思うくるるだった。
なお、二人を見ていたクラスメイト達は、昼ごはんを食べ始める前だというのに『ごちそうさまです』と思っていたのは言うまでもない。
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