2月19日(日)_干物JKくるる【くるるのひとりごと4】
目が覚めてすぐ、私はでんぐり返しをした。
朝の体操じゃない。昨日のやらかしがフラッシュバックして……うああ~~。
バゴン!
二度目の転がりのあと、おしりが壁にぶつかって大きな音を立てる。力の入らない身体は、ずりずりと壁から床に滑り落ちていった。
カーテンの隙間からのぞく朝日がまぶしい。
「なにをやっているんだ私は~……」
カッコいいと言ってしまった。
だってカッコよかったからしょうがないとは思うんだけど。
私だってねえ、さすがにねえ、男の子にカッコいいって言うことの意味を分からないほどじゃあないんだよ?
私のペースで攻めていこう、って決めたから間違いじゃないんだけど。
けど。
意図してないところでぽろっと言ってしまうのは、なんか違うと思う。ちゃんと攻めるぞーって気持ちの時ならまだ楽だったかもしれない。でも、不意に言ってしまったら、自分でもびっくりして恥ずかしくなっちゃうものだなんて。思いもしなかった。
でも、だって、昨日のカイトくんは本当にヒーローだった。
コーヒーをこぼさずに運ぶのだってうまかったし、私よりも手早く注文をまとめたし、片付けの手際もよかった。ぜんぶ違う凄さで、ぜんぶ撮っちゃった。だから、似ているように見えてぜんぶ違う写真だ。
音を立てないで食器を置くのがうまくて店長さんにも褒められてた。
あんまりにもスムーズで綺麗な動きだったから、どうしてできるの? って訊いたら、ちょっと考えてから教えてくれた。
ちょうどテーブルに接するタイミングで速度がゼロになるように調整すればいいとか、そのためにはテーブルに対して水平の動きで置くといいとか、手だけじゃなくて少しだけ膝を曲げるとイイ感じに速度が殺せるとか。
うん、難しくて分かんなかったよ。
どこで習ったのか不思議だったけど、普段の生活でなんとなく考えてたんだって。カイトくんはちょっとヘンだと思う。
でもでも、カイトくんはやっぱりすごいなって思う。
視野が広いっていうか、周りのことによく気付くっていうか。私がよくお世話になっているからこそ身をもって実感するんだけど、人の考えていることが読み解けているんじゃないかなって本当に思う。
お客さんが手を挙げるタイミングを読んでいるみたいに振り返ったときはびっくりしたよ。後ろに目がついているんじゃないかって思った。なんかそういう気配があったから分かったんだって。絶対ヘンだって。
そんなカイトくんにも苦手なことがあって安心したけどね。
笑うのが得意じゃないって本人の言うとおり、実際のところ笑顔はぎこちなかった。
むしろそこがいいと思う。仏頂面なカイトくんが慣れない営業スマイルを浮かべようと頑張る姿はちょっとかわいかった。
カッコよさでいえば真顔で仕事をしているときだけどね。
って。
「うあ~……」
こういうことを考えてるから何の気なしにああいうメッセージを送っちゃうんだってば。
床に寝転んだ私は、両手足を伸ばして大の字になる。こうやってお腹をさらしていると、アジの開きの気分になってくる。いっそ、こんがり焼いてほしいよ。
干物JK、インザルーム。
……いやいやいや。誰が乾物じゃい。
そうだよ、私は攻め気のJK。カイトくんにカッコいいって言うのだって、そう、策略だから。……結果は、憶えとくね、っていう余裕たっぷりの返しだったけど。余裕たっぷりだよね? ぜんぜん動じてなかったよね?
む、思い出すとちょっと悔しい。
なんか言ってくれてもよかったじゃん? それとも慣れてるのかな。
どっちなのか分からない。けど。
「来週もがんばるぞー! おー!」
カーテンから漏れる光に手を伸ばす。
温かい何かが手のひらに収まった気がした。
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