2月17日(金)_ギャルと電波の相性は?

 放課後の教室。

 机を突き合わせて座る女子生徒が二人。他には誰の姿もない。


「くるるちゃんってば快進撃じゃん~~最カワかあ~?」


 女子生徒の片割れ──理央が発した声はいつもより黄色く、まだ冬だというのに春の芽吹きを感じさせる温かさも含んでいた。

 二人は勉強会と銘打ったおしゃべりパーティーを開き、くるるから昨日の顛末が語られたところだった。

 バイトの面接に解人と二人で行ったこと。

 無事に採用されたこと。

 二人で一緒に働けることになったこと。

 そして、友だちを超えた仲になりたいと思いついたこと。


 くるるは、理央が肯定的な反応を示してくれたことを嬉しく思いつつも、聞き慣れない単語を訊き返す。


「さ、最カワ?」

「そう! 最強にカワイイってこと~!」

「えへへ……。ありがと」

「今後の目標とか決めないとじゃん!」

「目標は味噌汁になることだよ」

「なる? 作るじゃなくて?」

「作るのはカイトくんの方が上手そうだなあ」

「……? うんうん、味噌汁になるって言葉は分からんけど、たぶんいい意味ってことっしょ。わかるわかる」


 理央が力強くうなずく。

 適当で軽い相槌として受け取られてしまう可能性のある彼女の反応も、くるるにはむしろありがたいことだった。理央は自分の言っていることを解人のように読み解けはしないけれど、解らないときはハッキリとそう言う。なにより、気持ちに共感してくれることがくるるにとっては嬉しいことだった。

 何を言っているのか理解されづらい電波少女と、フィーリングで生きる感情の生物ギャルとの相性は意外にもよかったのだ。


「でもね理央ちゃん。私、いまちょっと不安なんだ」

「マジ? あたしがその状況だったらゼッタイに無敵だけどなー。イイこと起こりまくりっしょ」

「友チョコ貰っちゃったしねえ、へへ」

「う~ん、うん、よしよし、もちもち」


 理央が生暖かい目をして、くるるの頬をふにふにと触る。ゆるんだその笑顔を見て、おいそれと横槍を入れられないと感じていた。

 くるるにはくるるのやり方があり、自分のそれとは違う。

 異性との関係性の築き方も、その道のりだって自分とは違う。

 階段から転び落ちそうになった自分を助けてくれた彼に一目ぼれしてすぐ告白をして付き合った自分とは違う、と理央はすぐに察した。

 などと考えていることは理央自身は全く自覚していなかったが、その全てをフィーリングで察していた。

 ギャルとはそういう生き物なのだ。


「んで、なにが不安なん? あたしはテストの方が不安だけど」

「わかるー。不安だよねえ、学年末考査」


 二人は揃ってため息をついた。


「でもさ、いまのくるるちゃんが悩んでんのは明石とのことなんでしょ」

「うん……。友だちの先に進みたい、って思い付いたのはいいんだけど、それって具体的にはどうしたいのか、どうすればいいのかわからなくって」

「あー……」


 理央は、なるほどスタートラインには立ったんだな、と先ほどの直感を少しだけ修正する。彼女なりに進んでいるみたいだ。速度はマイペースだけれど。くるるのペース、くるるペースだ。

 そこまでをフィーリングで導き出し、理央は慎重に言葉を選ぶ。


「ひとつのカタチとして恋人関係ってのがあるわけじゃん?」

「ある、ますね」

「日本語がおかしいぞ! もちもちもち!」

「むやややや」


 ひとしきりほっぺたを堪能した理央は、声のトーンを落ち着かせて続ける。


「恋人が正しいとかさー、そういうわけじゃないけどさ、まあ、定番っつーかお決まりっつーか、そういうゴールがあるわけでさ。くるるちゃんはそうなりたいって確信してるのとは違う、ってことだよね」

「う、うむー?」

「付き合いたいぜ! ってめっちゃ強く願ってるワケじゃないっしょ? みたいな」

「う、うん。そう、なんだと思う。たぶん」


 くるるは教科書の余白にシャーペンで渦巻きを書き始める。ぐりぐりと丸が重なっていく。ほとんど円の形をしたそのラクガキもしっかりと形が定まっているわけではなかった。


「あれじゃね? 志望校が決まってないと勉強にも身が入らないカンジ」

「おおー、そうかも! 理央ちゃん天才じゃない?」

「まあね~。けど、目標が決まってないなら、とりま自分が明石とどうなりたいのかをちょっとずつ確かめるしかないっしょ!」


 器用にウインクをキメた理央の言葉をくるるは噛みしめる。


「たしか、める」

「色仕掛けしてみるとかさー!」

「そ、それはナシ! なしなし!」

「でしょ? あたしもアリだと思ってないし。でも、そゆことっしょ。これはアリ、これはナシってのを試してみて、くるるちゃんが向かいたい場所を探すってゆーか」

「おお……!」


 くるるの瞳が輝く。


「まあ、つまり色んな方向で明石にアプローチしかけちゃえってことなんだけどさ」

「お、おお……」


 くるるの頬が赤く染まる。


「わかってる、くるるちゃん? 学年末考査が終わったら春休みだかんね? 会える時間も減るし、来年クラスが変わったらそれこそ……」

「うあ~~やめてえ~~~」

「ま、後悔しないようにやりなね。応援してるし、相談にも乗るからさ」

「ありがと理央ちゃん。なんか、自分がどうしたいのか分からないことがすっごく不安だったんだけど、だからこそ、色々やってみる!」

「目指せ味噌汁……だっけ? あれ意味わかんないけどスキだよ」

「そう! がんばるぞー、おー!」


 くるるは拳を握って掲げる。

 西日射す教室で、小さな勇者が誕生した。


 とにかく解人にアプローチをする。

 くるるペースでいいから、攻めてみる。

 桜間くるるの中で、方針が固まった瞬間だった。

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