2月16日(木)_友だちの先へ

 夕方の喫茶店。

 傾いた陽が窓ガラス越しに店内を優しく照らす。

 テーブル席に腰かけた初老の男性がゆっくりとした動きで眼鏡を外し、柔らかい声音で言う。


「採用です。今週から研修しようか」


 店長兼オーナーである古谷ふるやという男性の目の前に座っている高校生の男女──桜間くるると明石解人が、ほっとした表情で脱力する。くるるは分かりやすいくらいに、解人は表情に出にくい程度に。

 二人は学校終わりに、以前訪れた喫茶店を揃って尋ね、アルバイトの採用面接を終えたところだった。

 解人は、隣に座るくるるに感謝していた。先日、客として訪れた際にくるるが連絡先の交換や面接について聞いておいてくれたおかげでスムーズに事が進んでいる。


「はは、二人とも緊張してたね。どうかな、初めてのバイトの面接は」


 くるると解人は顔を見合わせる。


「これってホントに面接なのかなあ、って」

「その、控えめに言っても雑談してただけって感じでした。コーヒーにサンドイッチまでついてくるなんて」


 そう言う二人の前のテーブルには、軽食が載っていた皿や、芳ばしい香りを燻らせるティーカップがあった。


 面接とはいっても、人を見極める方法はいくつもある。

 経歴や実績から能力を判断する場合もあるが、接客業の従業員を雇うかどうかの指標はそれだけではない。

 特に、個人経営であり、地元の常連客に愛されている喫茶店となると、問われるのは人柄だ。

 合うか合わないかの肌感を知るなら雑談で充分だ。

 そのようなことを店長の古谷ふるやは語ってみせた。


「ま、うちの店ではってことだけどね」

「だとしても好きなものを頼んでいいと言われたときは緊張しましたよ。なにか試されているのかなって」

「えっ、そうだったの!? 私パフェ頼んじゃった……」

「はっはっは。試していたと言えばそうなるのかな?」


 店長が笑うと、くるるの顔がサーっと青くなる。


「も、もしかして合格なのはカイトくんだけ、ってこと、ですか?」

「いや? 桜間くるるさん、貴方もちゃんと採用だよ」

「でもでも、私パフェとか頼んじゃったし」

「どうしてパフェを頼むと不採用になるのかね」

「だって、パフェですよ!?」


 いつも通りのくるるの返事だと思った解人は、助け舟を出した。


「たぶん、彼女の中ではパフェ=罪の味っていう等式が成り立っているのかと。食べてしまったら許されない印象が強いんじゃないでしょうか。ほら、豪華なスイーツですし」

「そういうもの……なのかね?」

「そう、です! たぶん!」

「たぶん、かい?」

「え、えへへ。カイトくんは私よりも私の考えていることをうまく言葉にしてくれるんです」


 くるるが嬉しそうにはにかむと、店長は懐かしいものを見るような目をした。


「ずいぶんと仲のいい友だちみたいじゃないか」

「ええ、まあ。俺たち友だちなんで」


 解人が自信たっぷりに言う。

 先日のバレンタインで友チョコを交換し合ったことで、胸を張って友人関係にあると主張できるようになっていた。

 一方のくるるは、えへへ、と笑ってから、なにかに気付いた顔をした。


「しかし、いきなり未経験の高校生を二人も雇おうなんて、店長さんは思い切りがいいんですね」

「ハハハ。脱サラして店を構えてはや二十年。思いきりとノリでなんとかやってきたダメな大人さ」

「にじゅ……俺……僕よりも長く生きてるお店なんですね」

「ふふ、だろう? 実を言うとだね、この春に大学生の子が一人辞めてしまうんだよ。よく働いてくれる娘なんだ。そう、ちょうど新人アルバイト二人ぶんくらい、ね」

「すごく仕事の出来る方なんですね」

「研修も彼女にしてもらうことになっているからね。辞めるまでの一ヶ月半、しっかりと仕込んでもらうといいよ」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 しばらく雑談を続けたのち、面接はお開きとなった。契約書や親の同意書、その他もろもろはまた後日郵送するとのこと。

 くるると解人が喫茶店を出ると日はとっぷりと暮れていた。電灯に照らされた薄暗い路地には二人の他に影を落とすものはいない。


「友だち、友だちかあ……」

「どうしたの、桜間さん」

「ちょっと考えてたんだ。コーヒーのこと、パフェのこと」

「おっと、友だちの話と繋がっているんだろうね? 話の流れから察すると」

「うん。コーヒーってなんにでもあうじゃん」

「そうかな?」

「ケーキにも合うし、ナポリタンにも合うし、クッキーにも、チョコにも、パフェにも合うじゃん」

「一部合わない気もするけど、そうだね。そうだとしよう」

「つまり、コーヒーから見るとパフェは友だちなんだよ」

「えーと、食べ合わせがいいから、仲がいい、みたいな話かな? うん、そうとも言えるね」

「でもパフェって、コーヒーからすれば、数いる友だちのうちの一人でしかないんだよねえ」

「えー……と、そうだね? ごはんと味噌汁、みたいなベストマッチ感はないっていうことが言いたいのかな?」

「そう! つまり……」

「つまり?」


 くるるは立ち止まる。俯くと、ぽつんと落ちた影も止まっていた。


「私は────……味噌汁になりたい、んだ……」


 その頬は熱くなっていた。

 くるるはここ数日の、自分の感情の正体に気付いてしまった。

 解人から友チョコをもらったこと。

 理央にどうなりたいか問われたこと。

 店長の問いに友だちだと即答した解人を見て思ったこと。

 

 くるるの言葉で言えば、コーヒーから見た時のパフェに甘んじてはいたくない。

 ごはんにとっての味噌汁でありたい。

 大勢の中の一人では満足できない。

 ツーカーのような、バディのような、それはまるで──


 くるるは顔を上げる。

 目の前には、心配そうに自分を見つめる解人の姿があった。くるるの胸がきゅうと締めつけられる。

 解人の特別になりたいという、その感情に気付いてしまった。


 変わりたい……友だちの先に行きたい……!

 

 くるるは自分の頬をぺちっと叩き、そう誓った。

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