2月10日(金)_パフェはごはんに含まれますか?
昼過ぎ。静かな住宅街の片隅にある喫茶店の前。
明石解人は冷えつく手で傘を差しながら人を待っていた。
学校をサボったわけではない。今日は解人たちの通う高校の入試があり、授業が休みだった。寒すぎたので引きこもってゲームでもしようと思っていたところ、お誘いがかかった。
「わ~~ごめん遅れた~~~」
連絡をくれた本人──クラスメイトの桜間くるるが、真っ白な息を吐きながらパタパタと駆け寄ってきた。
「そんな走ったら濡れちゃうよ」
くるるは解人の前で立ち止まると、呼吸を整える。
解人は彼女を見つめた。
目を引くのはもこもことした生地が羊のようでかわいらしい白のボアブルゾン。大きめなサイズなこともあって、暖かそうに見えた。裾にむけて広がった形のベージュのスカートから覗く足は黒いタイツに覆われており、防寒はばっちりだ。
解人は先週のおでかけと同様に、私服姿の彼女に目を奪われていた。
すると、くるるが覗きこむように尋ねる。
「どうしたの? もしかして風邪ひいてる?」
解人は我に返った。もちろん体調不良などではない。
「服似合ってるなって思っただけだよ。とりあえず、お店入ろうか」
「へっ!? あっ、うん! えへ、えへへへ」
店先に掲げられた看板には『ヴィンテージ』と書かれている。
「んね、カイトくん。ヴィンテージ、ってどういう意味? 英語? 習ったっけ?」
「年代物とか、骨董品って意味じゃなかったかな」
「ほえー……わぁ、たしかに~」
鈴の音と共に入店したくるるが声のトーンを上げる。解人もドアをくぐる。
店内は名の通り、レトロな雰囲気だった。
ダークブラウンの木目が目に優しい、落ち着いた雰囲気の内装。かすかにジャズの音色も聞こえる。
カウンター席もテーブル席もそれほど多くはない。しかし、ほとんどが埋まっていた。
二人が店内を見渡していると、黒いエプロンをつけた女性の店員がやってきてテーブル席に案内された。
向かい合って腰かける二人。机は小さいが、妙な存在感があった。つやがあり落ち着いた色の天板からは年月の重みが醸し出されている。
「なんか、カフェっていうより喫茶店って感じだね」
「わかるかも。言葉の響きがね」
声のボリュームは自然と落ちていた。
「カイトくん昨日だっけ? 人が少ないカフェがいいって言ってたからさ。いいとこ見つけたーって思ったの。……思ったよりぜんぜん人多かったけど」
「うわ、ごめんなさいとありがとうだ。俺はにぎやかなのがニガテなだけだから、こういう人が多くても落ち着いたお店ならむしろ大歓迎だよ」
「ほんと? よかった~」
「まあ、こういうところではバイトの募集はなさそうだけどさ」
「えっ、そうなの? その……ちょっと期待してたんだけど……」
「ないんじゃないかな。こういうところって店員さんは少ないだろうし、地域密着って感じだし」
二人は店内を改めて見渡す。
カウンターの内側に店長らしき人が見えるほかはフロアにひとり。もしかしたら厨房にも一人いるかもしれない。解人はそう見当をつける。
「もしバイトの枠が空いてたとしても二人は難しいんじゃないかな」
「だよねえ………………えっ?」
「ん? なんかヘンなこと言った?」
「もしかして、カイトくんもさ──」
くるるは顔色を窺うように上目遣いになる。
「──バイト先、おんなじのとこにしようって思ってる?」
解人は声が出そうになった。
ナチュラルに一緒の求人に応募しようと考えていたのだ。言われるまで気付かなかったというのが一番恥ずかしいポイントだ。
くるるがニヤニヤしながら小芝居する。
「へへへ、よろしくお願いしやすぜ、カイトの旦那」
「ごめんて、忘れてくれ……」
「え~、忘れないよ~」
「ほらもう、なんか頼もうよ。ね?」
解人は表紙の丈夫なメニューを手に取り、バリアのようにくるるの目の前で開いた。
「話を逸らそうったってそうはいかな────パフェだ~~~」
「心配になるくらい綺麗に成功しちゃったな」
「ね、ね、カイトくんはどのパフェ?」
「パフェ限定なのか」
解人は自分でも見えるようにメニュー表を広げた。スイーツのページが開かれており、くるるの目を輝かせた張本人もいた。
「チョコバナナパフェ、イチゴパフェ、季節のフルーツパフェ……いやいや、甘いのじゃなくてお昼ごはんにしようよ」
店内の古時計は正午を少し回ったところ。解人の提案は妥当なものだった。しかし。
くるるはポカンとした顔で言う。
「え? パフェはご飯でしょ?」
「……マジ?」
「だってだって、生クリームって牛乳みたいなものだし、コーンフレークとかは朝ご飯にも食べるじゃん? まあ、チョコレートとかフルーツはデザートみたいなものだって考えれば、むしろ完全食じゃない?」
「た、たしかに……?」
いつもより多弁なくるるの勢いに呑まれて、解人の脳はだんだんと混乱していく。
そんな彼の表情を見たくるるは、しゅんと縮んだ。
「甘いもの、ニガテだった……?」
「や、そんなことはないない。でもお昼ごはんには食べたことなかったからびっくりしちゃってさ」
「甘いもの、好き?」
「好き好き。普通に好き」
「そっかあ。覚えとこ」
「覚えるのか……」
「なにかに使えるかもしれないし。カイトくんをやっつけるときとか!」
「甘いものに毒とかしこまれるのかな……そんな日が来ないといいなあ」
キュウ、とくるるのお腹が鳴り、二人は慌てて注文をした。学校でのことや気になる映画の話なんかをしていたら、あっという間にパフェとナポリタンがテーブルに並ぶ。
二人は手を合わせてから食べはじめ、互いにシェアしたり、くるるが二つ目のパフェを頼もうかと悩んだり、食後のコーヒーでまったりとした時間を過ごした。
解人が椅子の上で液体のように溶けきってリラックスしていると、くるるが小さく笑った。
「いま、犯人の気分だなあ」
「そう? 悪いことしてるかな」
「だってさ、平日なんだよ? いつもなら学校がある時間に喫茶店でパフェとか食べちゃって、こんなにくつろいじゃって……ふふ、悪いことしてるみたいでしょ?」
くるるがニヤリと笑う。いつもの無邪気な笑い方とは違って小悪魔的な彼女の表情を前に、解人はうーむ、と唸る。唸るだけに留めた自分を褒めたいくらいだった。危うく、かわいすぎる、などと口走ってしまうところだったのだから。
解人が自分の中の得体の知れない感情と戦いながらコーヒーで口を湿らせていると、くるるがポツリと呟く。
「あ」
声の向かう先は、解人の後ろ、店の入り口の方だった。
解人はつられて振り向く。
窓の奥に見えたもの、それは。
「わは~~雪だ~~~」
くるるが喜色満面で言った。
解人がスマホで調べると、しばらくは雪が降りそうだとわかった。
あと小一時間もすれば収まってくるという予報を信じ、二人はもう少しだけ長居することになった。
「それならちょっと……」
くるるが席から立ち上がる。
なにかを探すような動きに覚えがあった解人は、短く伝える。
「まっすぐ行って右だよ」
「えへ、ありがと」
お手洗いを探していたのだろうという予想は的中していたようで、くるるは小さなバッグを持って席を発った。お手洗いのある通路へ消えていき。
すぐに出てきた。
解人は、誰かが入っていたのだろうかと首を傾げるが、どうもそうではないらしい。
くるるは店員をつかまえて何事かを話し合うと、カウンターの方へと連れていかれていた。
トラブルかな、と解人が腰を浮かせたところで、くるるが慌てた様子で戻ってくる。
「たいへんカイトくん! 募集してるって! ここ! バイト!」
「へ?」
「しかも! 春から二人空きが出るんだって!!」
くるるの瞳はきらきらと輝いていた。
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