2月9日(木)_席替えの理由
朝の教室。
「カイトくん、私たちって地上人だったんだよ」
しんみりとした顔でうなずきながら腕を組むくるる。解人が近づいても席を退く気配を見せない。
座れりゃどこでもいいか、と解人は一つ後ろのくるるの席に座った。
「あっ、そこ私の席!」
「まずそっちが俺の席なんだよな」
「そうだけどさー、そうじゃなくてさー」
くるるがむくれる。
解人はどう返せばいいのか分からなかったので、話を戻すことにした。
「それで、俺たちが地上人だって? もしかして地底人の感想?」
「惜しい! あのね、私、バイト探してたんだけどさ」
「おっと、思いがけない方向に舵を切ったね」
「お寿司屋さんを見つけたんだよね」
「1分ちょうだい。ちょっと推理する」
「え!? なぞなぞになってた!? えーとえーと……」
くるるは慌てて言葉を探そうとする。
しかし解人の思考は既に深く沈んでいた。
「地上人……寿司……バイト……人……魚……労働……いや違うか……」
キーワードが彼の頭に浮かんでは消えていく。そして。
「地上……? 地底……? 海……下……海底……魚…………──ああ、もしかして」
解人は一つの単語に思い当たる。
「桜間さん、深海魚のこと話してた?」
「言ってなかったっけ」
きょとんとするくるる。解人は苦笑ぎみにうなずく。
「私言ってなかったのに、カイトくんよく分かったね」
「まあ、キーワードからそうかなあって」
「おお~……探偵っぽい!」
目をキラキラさせてくるるが褒めるので、解人は居心地が悪くなって咳払いをする。
「それで、桜間さんはどうして寿司屋のバイトから深海魚の話に? 怪しい仕事じゃないよね?」
「怪しくないよっ! 私お寿司好きだし、いいなーと思って。そしたらお寿司が食べたくなってさ。それでお寿司のこと調べてたら、深海魚のお寿司って出てきてね」
「そっちかー」
「それでね、深海魚って、いかにも人間ならではの単語だなって思ったの」
そのセリフは人間じゃないやつが言うやつじゃ、と解人は思ったが、浮かんだ疑問を訊く方が先だ。
「人間ならではって、どういうこと?」
「えっとさ、人間って地上に住んでるじゃん。だから」
だから、の先を期待した解人だったが、ちゃんと説明しきったと言わんばかりの満足そうなくるるを見て、自分から問いかけることにする。
「地上に棲んでいたら自分たちのことを地上人って言わない、ってことかな?」
「そうそう」
「深海に棲んでいたら、自分たちのことを深海魚って言わない、と」
「そうそうそう」
「けれど、俺たちが深海魚と呼ぶのなら、逆に深海魚には地上人って呼ばれるんじゃないか、と言いたいのかな」
「そう~!」
くるるがパチパチと拍手をする。解人は一息ついた。
「桜間さんって面白いね。深海魚って単語を見てそんなこと考えたこともなかったよ」
「えへへ、カイトくんが私の言うことを聞いてくれるからだよお。いつも分かりやすく伝えられなくてごめんね。いつも助かってます」
申し訳なさそうに手を合わせるくるる。
「いや、俺の方こそ……」
「え~? カイトくんの助けになれたことなんてないよお」
くるるが笑うと、解人は眩しそうに目を細める。それから彼は言うべき言葉を口の中で探し、引っ込めた。解人は代わりの言葉を吐く。
「バイト探しとかね。この前ああ言ったけど、どうしても一人じゃモチベーションも保てないしさ」
「えへへ、求人見るのハマっちゃったかも」
「分かる、俺も。この前見つけたカフェとかちょっと興味あるかも。お客さんあんまり来なさそうだし」
「だいじょぶ? 人が来ないバイト先って無くなっちゃわない?」
それから二人は、ホームルームが始まるまで話しこんだ。
座席を入れ替えていたことを思い出したのは先生が来てからで、わちゃわちゃと元の席に戻る二人。
「で、なんで俺の席に座ってたのさ」
「うー、だって、カイトくんの席に座れば、カイトくんの考えてることわかるかなーって、思ったんだもん。ほら、立場を変えれば見方も変わるでしょ」
「深海魚の目線になってみるのと同じってこと?」
「うん」
「俺の考えてることを知りたかったってこと?」
「…………うん」
クラスメイト達は、いじらしい理由を知って
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