2月8日(水)_うちゅーじんと仲良く、きみと仲良く
放課後のファミレス。
テーブルの上は無法地帯だった。広げられた教科書、ドリンクバーのグラス、丸まった紙ナプキンたち、水滴で濡れたノート、散らばったペン、消しゴム。
そんな卓上を挟んで座るのは一組の高校生男女。
女子──桜間くるるが口を開く。
「数学ができるようになりたい」
正面で話を聞いていた少年──解人は神妙な顔つきになる。
おかしい、と彼は思ったのだ。
「キミは本当に桜間さん……? 実は宇宙人とかなんじゃ……」
「どゆこと!?」
「だってさ……すごく普通のことを言ってるじゃん」
「カイトくん、ひどいよ~。私いっつも普通のことしか言ってないじゃん!」
「あ、よかった。ちゃんと桜間さんだ」
くるるは解人を睨みながらテーブルの上のグラスを手に取る。ストローをぐむぐむと噛みながら抗議の念を視線に込めた。
解人は彼女の感情に気付かないわけもなく、謝罪のポーズをしながら問う。
「学年末テストまでは一ヶ月くらいあるけど、なんで今から数学を?」
「あのね、宇宙人とお話がしたいじゃん?」
今まさにその気分だなあ、とは言わないでおくのが解人だ。
「あー……数学は自然界の共通言語だから地球の言葉は通じなくても対話が可能、ってことかな」
「カイトくんってたまに難しいこと言うよねえ」
「そんなあ」
「言葉が通じなくても数式で会話をする天才数学者たち、みたいな映画は見たことがあるかも。そゆことだと思う」
「ホントにできるのかねえ」
「む~、じゃあ、どうやれば宇宙人と話せると思う?」
くるるはシャーペンのおしりで唇をぷにぷにして考え始める。
「桜間さんが外国に行ったとして、どうやってコミュニケーションをとるかを考えてみるといいんじゃない?」
「まずは普通に日本語で話しかけてみるかな! 案外通じるかもしれないし」
「相手への信頼がデカいなあ」
「ダメだったら身振り手振りだよ! へいへい!」
くるるがジェスチャーで解人になにかしらを訴える。解人は、試されていると見抜いて、彼女の動きを注視した。
なにかを指先でつまんで……それを別のなにかに突き刺した?
持ち上げたそれに息を吹きかけて……慎重に口元へ。
口に入れてすぐ、ハフハフと息を吐き──
「たこ焼き?」
「正解!」
「食べたくなっちゃった?」
「へへへ」
照れ臭そうにするくるる。
解人はテーブルに置かれた端末からたこ焼きを注文した。
ちっとも数式の刻まれないノートを放置して、二人はドリンクバーへ向かう。
くるるはメロンソーダ、解人はウーロン茶を手に座席へと戻っていく。
「さすがの桜間さんも宇宙人相手じゃ伝わらないかもなあ」
「でもでも、私たちだって他の星から見れば宇宙人だし、同じフィールドに立てばなんとかなるかもしれなくない!?」
「なんとかなる可能性が薄弱すぎる。確かによく言うけどね。俺たちも宇宙人だって」
「そうだぞー。カイトくんもたまになに言ってるのか分かんないし、立派な宇宙人だぞー」
「桜間さんにだけは言われくね~。キミこそ立派な宇宙人JKだよ」
言葉でつんつんと突きあいながら、二人は席に着いた。
「そうだな~、ジェスチャーも通じないかもしれないとなると、じゃあこれはもうカイトくんの出番かもなあ」
「この流れで大抜擢すぎる。役に立てるか不安だなあ」
「たぶん大丈夫だよお」
「根拠のない信頼だ。むしろありがとう」
「ちゃんとあるって! 根拠!」
解人が首を傾げると、くるるはズイッと身を乗り出す。
「いっつも私のこと分かってくれるじゃん、ね」
くるるが笑う。
解人には目つぶしレベルのまぶしさだった。
そのとき店員がやってきて「お熱いのでお気を付けくださーい」と皿を置いていく。たこ焼きだ。
「わ~い! いっただっきま~す!」
「あっ、桜間さん、ちゃんと冷まさないと……」
「わひ、はふふっ、ふふっ、あふい、へえ」
「はいはいお冷やお冷や」
「はひあほ」
「ありがとって? いいからお水飲んで」
ファミレスの一角。
ひとりの宇宙人とひとりの宇宙人が今日も今日とて、仲良く異星間コミュニケーションを取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます