2月7日(火)_やさしい審判さん
昼休みの学食。
解人が本日の定食をいただこうかと思ったその時。
「レッドカーーーード!」
くるるが現れた。小さな手には真っ赤な紙片が握られている。
解人は箸を置いて降参のポーズをとる。
「なにがルール違反だったんですか、審判」
「一人でご飯を食べたことであ~る!」
むん、と腕を組むくるる。その後ろから影がひょこっと出てきた。
「やっほー明石。前、空いてるっしょ?」
ランチバッグを掲げる少女は高馬理央。ギャルな学級委員長だ。くるるも同じように弁当を持ち上げた。
「どうぞどうぞ」
くるると理央は解人の前の席に腰を下ろす。二人はそれぞれの昼食を展開した。
三人はそろっていただきますと手を合わせる。
「それで、なんで急にレッドカードを?」
「審判になりたいなあって思ってさ」
「くるるちゃんウケる。聞いたことないってそんなの」
「桜間さん、昨日サッカーでも見た?」
「YouTubeで! レッドカードを出された人が審判のカードを奪って、審判にレッドカード出しててね」
「ヤバ、ロックすぎるんですけどw」
「だから、私もレッドカード出したいな~って思ってさ」
くるるが赤い紙を差し出してくる。厚紙が絵具で綺麗に塗りつぶされたもので、お手製の割には意外にも威圧感があった。
「作ったの?」
「朝イチで美術室借りた!」
「本気が過ぎるんだよな……」
言いつつ、解人は真っ赤な紙を手元でいじる。
「そっか、一人でご飯を食べただけでレッドカードは罪が重すぎるんじゃないかと思ってたけど、まあ、使ってみたいからってことなんだね」
「や、それはふつーにレッドカードだよ。一緒に食べたかったのに教室に居なかったんだもん」
「明石、そんなこと言ってるとレッドカード二枚目だぞー」
「主審も副審も厳しすぎる。公正な判断を頼みます」
「ゴホンゴホン。えー、カイトくん、なにか言い残すことはありませんか?」
「それはもう裁判官なんだよな。俺は処されるんか」
「まあまあ、明石。くるるってばあんたに見せるためにわざわざここまでしたんだから、さ?」
「理央ちゃん! レッドカード! レッドカードです! 個人情報保護法違反です!!!!!!」
「きゃー、ごめんー」
「カイトくんも信じないように!!!!!」
「え、あ、はい」
三人はわいわいとした昼食を終えると学食をあとにする。
廊下を歩き始めると、くるるがレッドカードを胸ポケットにしまったので、解人は問いかけた。
「あれ、もう使わないの?」
「うーん、実はそこまで出番が無くてさあ」
「さっきは使ってたのに」
「そうなんだけどさ~。いざ人にレッドカードを出そうと思うと、なんかすごく嫌な気持ちになったんだよねえ」
「おかしい……俺は食らったのに……」
「それはその! カイトくんは、そう、友達! 友達だから!」
くるるの言葉に理央が吹きだす。解人はムスッとした。
「なんで笑うんだ高馬さんは」
「いや、あんたたち二人って面白いなと思って」
解人は釈然としなかったが、話の腰を折るのもなと思い、くるるへ話を振る。
「どうしてレッドカードが嫌だったの?」
「んー……なんかさあ、レッドカードを掲げてそれはダメなことですって伝えるのは、なんていうか、閻魔様みたいだなあって」
「サッカーの場合はルールがあってやってることだしね。リアルでやろうとしたら……犯罪とか?」
「ウケる。絶対にケーサツ呼ぶ方が先っしょ」
「まあ強盗にレッドカード出してもめっちゃボコられて終わりだろうね」
「シュールすぎるんですけどw」
解人の冷静なツッコミに、理央は声を震わせて笑った。
「レッドカードを出されて嬉しい人はあんまりいないだろうし、桜間さんの性格的にも向いてなさそうだし、逆をするはどう?」
「「ぎゃく?」」
くるると理央の声がハモったところで、三人は教室に辿りついた。
解人はドアを開けると二人へ道を譲りながら言う。
「グリーンカード、みたいな。褒める方向でさ」
「!」
教室へ入ろうとしていたくるるの足が止まる。
「サイコーだよ、それ!」
「え」
「作ってくる!」
「ちょ、どこ行くの」
「びーじゅつーしつー!!」
「もうすぐ授業始まるよ?」
「間に合わす~! あとでいっぱい褒めたげるね!」
くるるの背が遠ざかっていく。ランチバッグがゴキゲンに揺れている。
残された二人は彼女の自由奔放な姿をまぶしそうに見つめていた。
そのあと。
緑色のカードを引っ提げたくるるはクラスメイトを褒めまくった。
いつもより平和ポイントの高い、和やかな午後になったという。
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