2月6日(月)_オトメゴコロを可視化すると

「私もしっぽを失くしたいな~。オタマジャクシみたいにさ」


 放課後の教室。

 

 くるるは友だちを待ちながら解人と話していた。


「桜間さん、しっぽあったの?」

「ないよ~」

「元から無い尻尾は失くせないんじゃないかなあ」

「哲学だね、テツガク」

「オタマジャクシのジレンマかあ、ソクラテスもびっくりだ。……それで、なんでしっぽを失くしたいんだっけ──」


 解人が話し始めたとき、教室のドアが開いた。


「お、お二人さんやってんねえ」


 ひょこっと顔を見せたのは女子生徒。ギャルでクラス委員長な高馬たかま理央りおだった。


「理央ちゃんだ!」

「理央ちゃんだぜ~、くるるちゃん! くらえ! モチモチモチ~~~」

「わやややや」


 理央がくるるのほっぺたを揉みしだく。それから仲良くハグをする二人。

 女子って距離感ヘンだよなあ、と解人は眺めていた。


「で、なんのハナシしてたの?」

「オタマジャクシに憧れてるって話をしてたの。尻尾を失くすって、かっこいいよねえ」

「いつも通りイミフでウケる~」


 解人はその突き放したような言葉選びに一瞬ヒヤッとしたが、くるるは嫌がっている様子はなく、二人はじゃれついていた。

 言葉選びはともかく、理央の言い方には悪意がなく、くるるの言葉を純粋に楽しんでいるようだった。

 入学初日の自己紹介でも彼女は特に好意的にくるるに接していたことを解人は憶えていた。

 仲良きことは美しきことかな。

 解人が心の中で両手を合わせて拝んでいると、理央が解人に話しかける。


「ねえ明石、くるるちゃんはなんでオタマジャクシに憧れてるんかなー?」

「本人を前にして俺に訊くんだ……」

「だって分かってあげたいっしょ~、友だちならさ」

「めちゃくちゃいいこと言うなあ。そうだね、わかる。考えてみようか」

「いぇーい。明石って優しーね」


 うっす、とかおっす、とか返事をする解人。同級生の女子に真正面から褒められると照れ臭いのは思春期男子に標準搭載された感覚だった。

 解人は、誤魔化すように咳払いをする。


「それで桜間さん。どうしてオタマジャクシになりたいんだっけ」

「? 違うよカイトくん。オタマジャクシになってしっぽを失くしたいの」


 くるるの言葉に対する反応は二つに分かれた。


「なるほどね。そういうことか」

「マジで? 今ので分かるとか明石ヤバすぎ~」


 理央がカラカラと笑う。

 嫌味な香りがしないのは人柄だよなあと解人は感心してしまう。


「つまり、桜間さんにとってはしっぽを失くす方が大事なんだ。オタマジャクシは変化の象徴としての記号でしかない。だからオタマジャクシになること自体が目的じゃない。だよね?」

「よくわかんないけど、たぶんそう!」

「ウケる。どっちもイミフじゃん」

「ええー……」


 解人は頭を回転させて、言葉を探す。


「つまり、桜間さんは、自分の変化が見た目で分かりやすいといいのにな~、って思ってたんじゃないの?」

「う~ん……カイトくん、もうちょっと分かりやすくしてほしいかも?」

「えっとさ、俺たちの成長って見てて分かりづらいじゃん。背が伸びたとか、髪が伸びたとか、顔つきが大人っぽくなった、とか微細な変化はあるけど、オタマジャクシがカエルになるくらいの変化は無いっていうか」

「お~、たしかに~」

「だから、桜間さんは変化が分かりやすいオタマジャクシに憧れたんじゃないかな」

「つまり?」

「つまり……えーっと、桜間さんはなにかしらの心境の変化があったから、それが見た目にも分かるようになったら便利なのになって思うようになった、とか?」

「あっ」


 くるるが声を上げる。タイミングからして、『心境の変化』という単語に反応したようだった。

 解人はようやく手ごたえを感じる。


「あたってた?」

「……うん、かも」


 くるるが解人から目を逸らし、口元を覆いながら答えると、理央がニマニマと笑った。


「あれ~? くるるちゃん、なんか顔赤くなーい? 見て分かるっぽくなーい? オタマジャクシと一緒じゃなーい?」

「あ~理央ちゃんやめてえ~~~」

「かわいいなこいつー! うりゃうりゃうりゃ」


 理央がくるるを撫でまわす。

 解人には『心境の変化』とやらに心当たりはなかったが、理央の態度からして彼女の方は事情を知っているように見えた。

 女子同士の方が話しやすいこともあるだろうし、と解人は納得する。

 じゃれ終えた理央が、ニヤけ顔で解人へ話しかける。


「しっかし、明石はすごいねー」

「なにが?」

「くるるちゃんの言うこと、くるるちゃんよりも分かってるってカンジじゃん。それに……」

「それに?」

「んー、やっぱ言ーわない!」

 

 理央はくるるに「そろそろ行こ」と声をかける。くるるは素早い動きで荷物をまとめ、カバンを背負い、ピャッと一息で教室を出て行ってしまった。

 解人は呆然とする。


「なにか気に障ることしちゃったかな、俺」

「まーまー、精進したまえよ、鈍すぎ名探偵くん! じゃあねっ!」


 理央はそう言い残すと、くるるの後を追って教室を出た。



 校門にて。


「理~央~ちゃ~ん~?」

「ごめんごめんて、悪かったって」

「理央ちゃんんんんん~~~~~~」

「はいはい、ファミレス行こうね。昨日のデートのこと聞かせてね」

「り、理央ちゃん!!」

「はー、顔真っ赤だねこりゃー」


 話を聞くのが楽しみだと、ほくほくする理央であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る