第109話 偽者だとしても




「うう、ずるいです」


「えっと、ごめんな?」


「僕が何に怒っているのか分からないのに、簡単に謝らない方がいいですよ」


「ごめ……うん」


 俺の髪にくしを入れながら、ひかりが頬を膨らませる。


「騙されていませんか? みんな、一筋縄ではいかない性格していますし。外堀を埋められて、いつの間にかこんな状況になっていたりしません?」


「はは、さすがにそれは……無いよ」


「その沈黙が怪しいですよね。ああ、もう少し早く出会っていたら。全員蹴散らしたのに」


 手を動かしながら、話は止まらない。

 素早くセットされていく髪に、鏡で見て感心する。手先がとても器用だ。

 それもあって、短期間で俺の身の回りを世話する役目を担うようになった。神路の妨害をものともしなかったので、将来有望である。


「今からでも僕と逃げませんか? 絶対に幸せにしますよ」


 両親の命を救ったからか、ひかりの俺に対する好感度は高い。きっと髪のセットをしていなければ、抱きついてきていただろう。

 つい、俺も甘やかしてしまうので、神路をはじめとして注意されていた。


「それも魅力的な提案だけど、俺はみんなを選んだから」


 主人公と逃げる選択なんて、考えたこともなかった。まさかそこまで仲良くなるとは、人生は何が起こるか分からない。


「……そんな幸せそうな顔をされたら、何も言えないです。幸せに、なってください。もし悲しむようなことがあれば、いつでも奪いにいきますから。それを覚えていてくださいね」


「うん、ありがとう」


「……本当に、もっと早く会いたかったです。……よし、出来ました」


「おお、凄い」


 囁くほど小さかった言葉は、聞こえないふりをしておいた。ひかりにとっても、その方がいいはずだ。


 鏡の中にいる自分は、別人のようにキラキラ度が違っている。容姿は整っているが、さらにグレードアップしていた。自分の姿なのに、魅入ってしまうほどだ。


 そんな俺の背中を、ひかりが軽く叩いた。


「さあ、そろそろ行きましょう。きっと待ちわびているでしょうから」


「そうだな」


 気合いを入れてもらい、すっと背筋が伸びる。

 立ち上がると、ずっと隅で控えていた他の世話係が、近寄ってきて俺の服を直していく。しわや糸くず一つでもついていたら大変だとばかりに、真剣な眼差しでチェックしていく。

 その鬼気迫る表情に、俺の方が圧倒されていた。大丈夫だとは、とても言えるような雰囲気ではない。納得してオッケーが出たので、俺は礼を言う。


「いえ……本日はおめでとうございます」


「ありがとう」


 俺は付き添われながら、誰もいない廊下を歩いていく。一歩一歩を踏みしめて、この状況を心に刻む。生涯の思い出にするのだ。


 ここまで、たくさんのことがあった。

 死の恐怖に怯えて、とんでもない行動をした時もあった。神殿から逃げ出したのは、今思うと無謀だった。思い出して、クスリと笑う。


 まさか、こんな結末を迎えるなんて。

 この世界に来た時には、全く想像できなかった。行き当たりばったり行動したおかげで、上手くいったのだろう。


 ああ、とにかく幸せだ。この幸福が、ずっと続けばいい。

 そう願うだけでなく、幸せを逃さないために努力をしなくては。ここで、最後まで生き抜くと決めたから、どんなことでもするつもりだ。


 俺の背丈の何倍もある扉に着くと、そこにはリアさんと英人さんが待っていた。緊張した様子で、こちらに頷いてくれる。


「本当に、私達で良かったのですか?」


 リアさんがもう何度も確認している質問を、諦め悪くしてきた。何度も大丈夫だと、お願いすると言ったのに、まだどこかで遠慮している。


「俺には親がいませんので、ぜひお二人にお願いしたいです。勝手に親代わりにしてしまい、申し訳ありません。お俺もわがままです」


「ごめんなさい。嫌だったわけではなくて、こんな大役を任されてもいいのかと不安になってしまって。でも、親代わりと言っていただけて、とても嬉しいです。……行きましょう」


 リアさん、英人さんとそれぞれ腕を組み、目の前の扉が開かれた。

 人々の祝福する声が聞こえる。心の底から、おめでとうと言ってくれていた。それに微笑みを返しながら、ゆっくりと赤いカーペットを歩いていく。


 これが俺のいた世界でのやり方だと、ポロッと言ってから、絶対にこの方法ですると譲らなかった。思い出せる限り、それぞれの意味ややり方を教えたのだが、かなり大変だった。


 それでも、こうして本番になると良かったと感動している。

 さすがにドレスは無理だと拒否したが、真っ白な衣装に身を包んでいると、気が引き締まる。


 バージンロードの先には、四人がタキシードに似た服を着ながら、俺が来るのを待っていた。みんなそれぞれ違った魅力があり、遠目からでも格好いいと分かった。


 これから人々が見守っている前で、結婚式を挙げる。生き残るために頑張ってきた結果だ。指輪と同じ、パートナーになった証を増やしたいと言われたら、断るわけがなかった。


 この道は、幸せへと続く道だ。

 もう怖がる必要はない。頼りになるパートナーが、四人もいるのだから。しかも全員、強いなんて素晴らしいではないか。


 俺はまっすぐ前を向きながら、しっかりとした足取りで進む。

 たくさんの祝福の中、俺が一番幸せだと心の底から思った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だから俺は偽者なんだ! 瀬川 @segawa08

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説