第93話 証拠
「うわっ」
まさか胸ぐらを掴まれるとは思ってもみなかったらしく、神々廻は驚いた声を上げた。
俺は胸がスッとするのを感じながら、自分の方へ引き寄せた。
キスできるぐらいの距離に、神々廻は目を見開く。その瞳に映っている俺は、とても意地悪な顔をしていた。
「隙あり」
「あっ」
神々廻の着ていたシャツの首元から、目的のものを引っ張り出す。全てを出すと、俺はニッコリと笑った。
「身につけてくれていたんだな」
「あー、まあね。デザインは悪くなかったから。そういえば、作ってもらったんだっけ。忘れてた」
どこか気まずそうに目をそらす神々廻は、分かりやすく嘘をついた。まだ持っていたことを、俺に知られたくなかったらしい。
「どうして、このデザインにしたか分かったか?」
「……意味なんか、あるの?」
俺はチェーンに通されていた、二枚のプレートを弄びながら聞く。そうすれば興味をひかれたようで、こちらに視線を向けてきた。
「ああ。実はまだ完成されていないんだ」
「でも……」
「そうだな。文字は刻んである」
室内でともされていたロウソクが、プレートの文字を照らす。そこには、ミカ、と刻まれていた。
「でも、本当の名前を知らないから。プロポーズはするのに、秘密主義なんだな」
教えてもらっていないだけで、実際は知っているのだが、それは伏せておく。後ろめたい気持ちがあるのか、また視線をそらす。あっちを見たり、こっちを見たり、忙しい奴だ。
「これは、戦いに行った人の身元が分かるように、名前とかの情報を刻んだプレートを通してあるんだ」
プレートに触れたまま話をする。神々廻は抵抗することなく、静かに耳を傾けた。
「ミカさんの仕事がどういうものか知っている。本来ならば、こういう装飾品をつけるのは避けるべきなのも。でも、身元不明のまま、どこかに消えるのだけは嫌だった。……俺のわがままだ」
どこにいても、自分を見失わないように。そういった思いで作った。
「プレートに黒の宝石をはめ込んだのにも、意味がある。この石に、ミカさんが無事でいられるように祈りを込めた」
できる限り邪魔にならないように、暗闇に紛れる黒を基調とした。ずっと、つけておいて欲しかったから。そして、神々廻は今までつけていてくれた。
「ここに刻む名前を教えてほしい。これをずっとつけていたのは、俺を思っていたからだと言ってほしい。……どうしてこんなことになったのか、きちんと説明してほしい。仲間はずれにするのは、危険だから遠ざけるのは止めてくれ。……そんなのは、パートナーとしておかしいだろ」
「それって……」
今度は俺が顔をそらす番だった。突き刺さる視線を感じながら、恥ずかしくて早口で呟く。
「他にもパートナーになりたいと言われていて、もうほとんど認めている状態だ。それでもいいなら、俺はプロポーズを受けるよ」
「いいに決まってる。……無理だって、言われると思ってた。俺を受け入れてくれるわけがないって」
神々廻が俺の頬に触れてきた。目を合わさるをえなくなって、そちらを見れば強い瞳が間近にあった。
「前に、キスして拒絶された時、本気で死にそうになるぐらい絶望した。あんな思いをするぐらいだったら、離れた方がいいと思っても無理だった。いないと苦しい。だから、だから……今、凄く幸せ」
そっと目を閉じる。息を飲む音が聞こえ、少ししてから柔らかいものが唇に触れた。震えを感じて、また拒絶されるのではないかと恐れているのだと分かった。だから離れた気配を追って、俺からもう一度触れた。
「っ」
「これからもっと幸せになるために、ちゃんと説明してくれるよな?」
目を開ければ、真っ赤な顔が視界に入った。思考が停止している今がチャンスだと、話すように迫れば、勢いよく頭を縦に振りだした。首がもげそうな勢いに、やりすぎたかと反省する。
唇に触れて、口元を緩める神々廻が目に入って、いたたまれなくなる。キスの余韻を感じているのだろうか。恥ずかしい。
俺からキスをしたという話が、バレたら騒がしくなりそうだ。自分達にするまで許さない。そう言われるのが、簡単に想像できた。
想像だけでも面倒くさかったので、二人だけの秘密にすると約束してもらうことにした。
「えー、自慢したいのに。キスしてもらえたって」
「頼むから。無駄な争いをうみたくないだろ?」
「別に構わないけどね。一度、本気で手合わせしたいと思っているし。パートナーとして、誰が強いか決めておいた方が良くない?」
「良くない。とにかく駄目だ。……二人だけの秘密は、嫌か?」
「分かった。秘密だね。二人だけの」
扱いやすい。心の中で思いながら、俺は話を変える。今は、他に話さなくてはならないことがたくさんある。そして、やらなければならないことも。
全てが終わってから、ゆっくりと話す時間をとろう。俺は神々廻の手を握る。
「どういうことなのか教えてくれ。俺達がどうすればいいのかも」
巻き込むのは嫌だという表情を隠そうともせず、それでも俺を説得するのは無理だと悟って、神々廻は渋々説明を始めた。
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