第90話 騒動の裏側




「……病気を、未然に防ぐ方法は無かったのか?」


 ずっと考えていたが、水をさしてしまうと言えなかった疑問。でも、苦しんでいる人をたくさん見てきて、自分の中に秘めておけなくなった。


「治療薬でなくワクチンを作れば、人々も苦しまずに済んだだろう?」


 思わず、声に非難の色が含まれてしまった。気づかないうちに、結構な怒りをためていたらしい。そう、他人事のように考える。


 計画の段階では、ここまで被害が広がらないと受け取っていたが、俺の勘違いだったらしい。あるいは、勘違いするように仕向けられたか。そうだとしたら、少し、いやかなり頭にくる。


 神威嶽と神路を責めるなら、自分で作戦を考えろと言われるかもしれない。でも、二人ならもっと被害を最小限に抑えられただろうと思うのだ。

 それなのに、ここまでの騒ぎになるまで見ていた。何か理由があるなら、隠さずに教えてほしかった。

 ごまかしは許さないと、強い視線を向けた。納得のできる理由を言ってくれれば、すぐにでも嫌な態度をとったことを謝るつもりだった。


「……聖の怒りは当然だな」


「ええ、甘んじで受け止めます」


 それなのに、先に受け入れられてしまった。


「俺に、教えられないってか?」


 唇を噛む。信じられていないと、そう言われた気がした。


「待て。まだ怒らないでくれ。ちゃんと話すから」


 心を閉ざしかけた時、滑り込むように慌てた神威嶽が声をあげた。俺の早とちりだったらしい。衝動で行動するのは良くない。

 反省しながら、続く話を待った。


「……最初は、病原菌が広まる前に抑えるつもりだった。でも、すぐに考え直した」


「どうして?」


「……広まる前に止めれば、さらに凶悪な手段に出るかもしれない。それを阻止しようとすれば、さらに巧妙になるかもしれない。いたちごっこになって、最後にこちらが止められなかった時、その被害はどこまでいくか……」


「……わざと、泳がせたってことか」


「ええ。聖さんに言わなかったのは、あらかじめ言ったら止められると思ったからです」


 そちらの方がいくらいいと分かっていても、誰かが傷つくと想像したら賛成は出来なかっただろう。初めに言われていたら、絶対に止めた。

 俺は君主になれないタイプだ。目先のことしか見えていない。後々の結果を考えない行動は、被害を大きくしかねなかった。


「……そうだな。言わなくて正解だ。そして、作戦も成功と言っていいな」


「無理して笑わなくていい。俺達の行動は、一人一人の苦しみを無視している。責められるのも、仕方のない考えだった」


「あなたに何も言わず、勝手に行動して申し訳ありませんでした。傷つけたくなかったのですが、結局苦しませて意味が無かったですね」


 眉を下げた二人は、俺の反応を怖がっている。俺が非難すると決めつけている。


「……悪いのは全て向こうだ。もし何をするか分からないままだったら……」


 たくさんの人が死んでいた。最悪の事態もありえた。


「病原菌の正体が分かっても、治療薬を作れなかったら駄目だった。神殿に信頼が無ければ、人はここに助けを求めにこなかった。二人のおかげで、たくさんの命を救えた」


 胸がいっぱいになって、二人に手を伸ばした。衝動のままに頬に触れれば、どちらもすり寄ってきた。


「俺は、俺達は結局、自分のことしか考えてない。聖は、これで光としての地位を確立する。そうなれば、もうどこにも逃げられなくなる」


「あなたを光という籠に、閉じ込めようとしているのです。私達は聖さんが思うほど、清く正しい人間ではありません」


 懺悔をするような言い方。ここまで求められて、俺の中に浮かんだのは歓喜だった。


「……今回の件が片付いたら、俺は望む通りに傍にいるよ。閉じ込められてもいい」


「……本気で、言っているのか?」


「同情で言っているのでしたら……」


 俺がうじうじと悩んでいたせいで、すぐには信じてもらえない。完全に自業自得である。

 言葉だけでは、いつまでも信じてくれそうにないから、行動に移すことにした。


「目を閉じてくれ」


 そう頼めば、素直に閉じてくれた。こんな簡単に、無防備な姿を見せてもいいのか。

 目を閉じて待っている姿は、それぞれ違った魅力があった。整っていると改めて思いながら、覚悟を決める。


 軽いリップ音を立てた後、俺は恥ずかしさから逃げようとした。でも、しっかりと手首を掴まれているせいで動けない。


「は、離せっ」


 手加減をしていないのに振り払えない。神威嶽は強いから仕方ないにしても、神路まで。俺はそんなに弱くないつもりだったのに。


 段々と自分のやったことのせいで、体が熱くなる。分かっているくせに見逃してくれないなんて、意地悪だ。


 抵抗する力がなくなり、顔だけでも隠したかったが出来なかった。


「こんな可愛いことをされて、簡単に帰せるわけがない」


「同感です。頬の口付けで、そこまで初心な態度をとられると……逃せなくなりますね」


 自信を取り戻したのはいいが、元気にさせすぎてしまった。妖しい雰囲気をまとわせて、こちらを捕食しようとする大きな口が見えるぐらいだ。


「あ、と。……終わってからだから。そう、言った」


「ええ、承知していますよ。終われば全てをもらいますので、そのおつもりで」


「覚悟しておけ。許したのは聖だ」


 ……選択を間違えたかもしれない。

 後悔するが、いずれはこうなっていたことだと自分を慰めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る