第38話 市場で





 話しかけてきたのは、すぐそこの店主だった。恰幅のいい人で、俺達に向かって手を振っている。


「恋人、俺達がですか?」


 真っ赤になって固まっている剣持はそっとしておいて、俺は店の前に行く。止まっていたら通行の邪魔になるからだ。


「そうだよ。腕を組んでいるなんて、随分とラブラブじゃないか」


 確かに格好が格好だから、恋人に見えてもおかしくないか。別に否定したところで説明が面倒になる。


「そう見えますか? 実は恋人になったばかりで、初めての買い物なんです」


「通りで初々しいと思った。二人ともお似合いだね」


「ありがとうございます」


 恋人ではないけど、お似合いだと言われるのは嬉しい。剣持の腕を引き寄せてお礼を言えば、店主は豪快に笑った。


「お兄さん積極的だねえ。恋人、可哀想なぐらいに顔が真っ赤になっているよ。大丈夫? 倒れないか?」


「え。あ、剣持。大丈夫か?」


 剣持の顔を見ると、心配になるぐらい顔が真っ赤になっていた。照れているのではなく、もしかして熱があるのではないか。

 額に手を当てれば、少し熱い。


「だだだだいじょうぶです。だ、だからてをっ」


「あっはっは! お兄さん、そろそろ勘弁してあげな。恋人が本当に倒れる! 随分と苦労するねえ」


 最後は訳知り顔で、剣持に同情する目を向けた。それに対し、剣持も小さく頷く。


「初々しい恋人には、これをプレゼントしよう」


 そう言って差し出されたのは、ミサンガに似ている紐を編み込んだものだった。カラフルで、とても綺麗だ。


「願いを込めてつけて、切れた時に願いが叶う。恋人がお揃いでつけるのが、ブームになっているんだ。手首か足首につけるのがおすすめだね」


 やっぱりミサンガみたいなものだ。面白い。


「本当にいいんですか? こんなにいいもの、ただでもらうわけにはいきませんよ」


「いいんだよ! 面白いものを見せてもらったから。この店を宣伝してくれればいいよ」


 これは断る方が、相手の気分を害するだろう。厚意は素直に受け取るべきだ。


「ありがとうございます」


「末永く幸せにな!」


「はい、幸せになります」


 店主にお礼を言ってもらうと、ちらりと見つけたあるものを手に取る。


「あの、これも頂いてもよろしいですか? もちろん代金はお支払いします」


「これを? 売れ残りだけど、いいのかい?」


「はい。そちらをください」


 不思議そうな顔をしているが、俺はそれを見つけて驚いた。まさかこんなところに、無造作に置かれているなんて。逆にいいのかと思うが、きっとここでは価値がないのだ。

 まあ、見た目だけでは分からないから納得する。


 俺は店主に提示された金額を払い、商品を受け取った。これだけでも、来た甲斐があった。


「色々とありがとうございました。また来ます」


「ああ、いつでも歓迎するよ!」


 いい人だ。何か裏があるのではないかと、一瞬でも疑いそうになった自分が恥ずかしい。今まで、油断出来ない状況だったからこそ、こういう優しさに慣れていなかった。


「……どうも、ありがとうございます」


 もう一度お礼を言って、店から離れた。俺と店主がやり取りをしている間に、剣持の顔の赤みも引いていた。さりげなく俺の荷物を持ってくれて、恋人のふりをしているのなら演技が上手い。


「先ほどは、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」


 微かな声で、早口でまくし立てられた言葉。顔が赤くなっていたのを、恥ずかしく思っているらしい。


「恋人って言われたから、驚くのも当たり前だ。否定する方が大変だと思って乗っかったけど、迷惑かけたな」


「いえ、迷惑だなんてことはありえません!」


「そうか? それなら、恋人設定は続けるか。だから、ここでは敬語も無しだな」


「そ、それは」


「敬語なんて、恋人らしくないだろ。疑われるかもしれないから、敬語は使わないこと。これは命令だ」


「分かりまし……わ、分かった」


「それでよし」


 かなり言いづらそうにしながらも、剣持は何とか敬語を外した。ぎこちない様子が面白い。


「それじゃあ、次はあの店に行こう」


「う、うん」



 危険な目に遭ったのを忘れたくて、俺はどこか大げさに喜びながら市場を回った。それについてきている剣持も、俺に気を遣ってくれているのか、いつもより口数が多い。


 来て良かったと思うぐらい、掘り出し物を見つけていて、荷物を持ってくれている剣持がそろそろ限界を迎えそうだ。

 テンションが上がって買いすぎた。これを全部使えるとなれば、かなりの時間がかかりそうだ。でも満足している。


「少し休憩しよう」


 ずっと荷物を持たせたままなのも可哀想だった。

 本人は大丈夫だと否定するだろうが、あんなに戦って走った後なのだ。疲れていないわけが無い。

 ここは俺が無理やり休ませなければ、そのうち倒れてしまう。


「ほら、あそこの店に行こう」


「ま、待って!」


 ちょうどいいところにカフェらしき店が見えたので、剣持の反応を聞く前に、さっさと進む。

 後から追ってくる剣持が、荷物を大事に運んでいる。不意打ちをついたけど、敬語が外れていたのに満足する。







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