第33話 初めての





「外、ですか? 市場に?」


 その言葉に、俺は驚いて声を出してしまった。


「それは、もしかして光としての仕事でしょうか?」


 すぐにそう考えた。それ以外に無い。

 ただ単に遊びに行くために、外出できるなんて期待しない方がいい。

 自分を抑えて尋ねれば、この話を持ってきた神路が首を横に振る。


「いえ。休暇と考えていただいて構いません」


「休暇?」


 その言葉を、すぐには信じられなかった。俺に休暇だなんて、ありえない。もしかして、罠にかけようとしているのではないかと警戒する。


「でも、あまり俺は外に出ない方がいいのではないですか?」


 光として顔がバレているから、外に出ればすぐに気づかれる。そんな状況で市場へ行ったところで、すぐに帰ってくるようだろう。


「たまには、気分転換も必要だと判断しました。別に外出を制限していませんので、護衛をつけるのが絶対条件ですが外へ出ることも可能ですよ」


 いい話だからこそ、ますます怪しくなってくる。何か裏がありそうだ。

 あまりにも怪しくて素直に喜べずにいると、神路が首を傾げる。


「市場では珍しい品物がたくさん売っています。休暇なので自由に見て回ってもいいのですが……あまり気が進まないですか? もしそうなら、この件は聞かなかったことにしていただいても」


「ぜひ行きたいです」


 俺の好みを熟知している。

 珍しい品物と聞いて、興味がひかれないわけがなかった。神々廻も品揃えは凄いけど、それでも世の中にあるものを全て用意出来るわけではない。


 高いからいい品物でもないから、一度自分でゆっくりと遊びたいと思っていた。これは願ってもみなかったチャンスである。


「それなら、陛下への祈りを捧げた翌日にしましょう。少しでも生気を満たしておいた方が、万が一の際に助けになるでしょうから」


「俺は、いつでも構わないです」


 どうせ予定があるわけでもない。神路が設定した日より、ちょうどいい日は他にないだろう。そこは安心できる。

 興奮で前のめり気味になっている俺に対し、神路がくすりと笑う。


「どうしましたか?」


 まさか、まんまと罠に引っかかったと喜んでいるのか。耐えきれずに笑ってしまったという感じで、俺はまた警戒を強める。

 絶対に騙されるものか。強い気持ちで待っていると、笑ったまま神路は弁解をしだす。


「いえ。そこまで喜んでいただけるとは、思ってもみませんでした。もっと早く機会を作るべきでしたね」


 嘘をついているようには見えなかった。だからこそ、反応に困った。

 これは本当に、100%純粋な厚意でしてくれているのか。

 俺のために、わざわざ?


 ……きっと、アクセサリーのためだ。神々廻との話し合いを進めて、ブランド化計画もただの夢物語ではなくなった。

 上手くいけば、かなりの利益になるだろう。売上の何パーセントかは神殿に入れる予定なので、俺は金になる木だということだ。


 ……生気を分けてもらわなくて済む方法が見つからないと、俺は神殿から離れられない。

 神威嶽の元へ行くしかない現状で、主人公が現れるまでに方法が発見出来るのだろうか。


 神路が探しているのにも関わらず、今まで何も無いのだ。可能性はかなり低そうだ。

 死なないために主人公に関わらないようにしているのに、離れれば弱って死ぬ未来しか待っていない。

 これが物語の強制力かと、背筋が寒くなった。俺が逃げるのを許さないと言われているみたいだ。


「何かございましたか?」


 考えごとをしたせいで、ぼーっとしていたらしい。声をかけられ、すぐに取り繕う。


「いえ。どのような品物が売っていて、何を買おうか考えていました。さすがに気が早いですよね」


「それだけ楽しみになさっているという証拠ですから、恥ずかしがる必要はありません」


「ありがとうございます。きちんと仕事が出来ていないのにも関わらず、休暇を与えてくださったことも感謝しています」


 市場へ行けば、手がかりになるものが見つかるかもしれない。

 たくさんの店があるのだ。俺が望む何かが、どこかに隠れている可能性もあった。その期待を知られないようにしながら、俺は神路に対してお礼を言う。


「いい品物が見つかることを、お祈りします」


 アクセサリーのことを言っているはずだが、まるで心を見透かされたかのような言葉に、どこか後ろめたい気分になってしまった。





 楽しみにしていたからだろうか、あっという間にその日は訪れた。

 警備に関する打ち合わせを前日までに終えて、いざ本番である。


「楽しみだな、剣持」


「はい」


 隣にいる剣持に声をかければ、すぐに答えが返ってくる。どことなく声がかたいのは、きっと緊張しているせいだろう。


 外出の護衛を初めてするのだから、そうなるのは当然だ。街へ行くとなれば、それだけ危険も増える。俺を守りきれるかどうか、不安になっているのだ。


「剣持、ちょっとこっちに来てみな」


「は、はい。なんでしょう?」


 緊張していたら、普段の力を発揮できない。リラックスさせるために、俺はもっと近くに寄らせる。

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