第32話 政治的な問題
「陛下?」
いつの間に部屋に入ってきたのか、神威嶽が話に加わってくる。あまりにも自然だったので、何故いるのかという質問がされずに話が進んだ。
「呪いのせいで光が弱って、仕事が出来ないと正直に言ってしまえば、神殿の対応が非難される。守りきれなかった責任を取らされて、こいつが辞めさせられるのは目に見えていた」
こいつと言いながら、神路を指す。指された本人は、涼しい顔をして笑っている。
「私ではなく、反神殿派の息がかかったものが現れたら、陛下が困るからでしょう」
「お前は面倒だけど、腐ってはないからな。じじい共よりはマシなだけだ」
前から何となく察していたが、二人は随分と仲が良い。普通は、こうやって軽口を言えないはずだ。攻撃をしつつも、認めあっているように聞こえる。
「犯人についても公表せず、そもそも事件自体をなかったことにした」
「……黒幕を油断させるためですか?」
そう言うと、驚いた顔をする。俺がそこまで頭を回らせるとは、思っていなかっただろうか。馬鹿にしすぎである。
「ああ、そうだ。追求したところで、繋がりを示す証拠が足りなかった。ごまかされて逃げられるのは明らかだった」
こういうタイプほど、悪知恵が働くものだ。だからこそ、今まで甘い蜜を吸ってこられた。
叩き潰す時は、誰一人逃すことなく徹底的に。それがいい対処法である。一人でも逃してしまえば、そこからまた腐敗が始まる。
「まだ証拠は集まっていない段階なんですね」
「ああ。なかなかしっぽを掴ませなくてな。少しでも隙を見せたら、その時は……完膚なきまでに叩きのめす」
表情を見ただけで、敵に回したくなくなった。有言実行するタイプ。それだけの能力を持ち合わせている。
その笑みを微妙な気持ちで眺めていれば、ゆっくりと手が伸びてきた。
俺の頭も叩き潰される?
やりそうな気がして、思わず身構えてしまった。
「何だよ。傷つけるつもりはない」
あまりにも怯えが表が出てしまったのか、軽く頭を叩かれた。撫でられる程ではなくても、手つきが優しい。
「え、えっと……」
優しすぎるからこそ、戸惑ってどうすればいいか分からなくて固まった。でも、嫌ではなかった。心地良さもあった。
邪険にも出来ず振り払わないでいれば、冷ややかな声が聞こえてきた。
「何をなさっているのですか?」
声だけではなく、神路は俺を撫でていた腕を掴んでいる。それは、いいのだろうか。俺の方がドキドキしてしまって、どうなるかを見守る。
「何って……頑張っている光を、俺なりに労わっている」
「頭を撫でる必要はないのでは?」
「何でだ? 本人が嫌がっていないのなら、別に構わないだろう。な?」
「えーっと……」
どう答えるのが正解だろう。どちらも怒らせたくなくて答えに困る。
「労わっていただき、ありがとうございます?」
場が静かになった。間違ってしまったのかと、神路と神威嶽の顔を交互に見た。
前者の顔は怒りを浮かべていて、後者の顔は嬉しさに溢れていた。
「いつでも労わってやる。前にも言ったけど、俺のところに来てもいいんだぜ? 生気を分けるために、わざわざ来るのも大変だろう」
「えーっと、その……」
生気云々の話を聞いて、確かに城に拠点を移した方がいい気がしてきた。神威嶽の傍にいた方が、生気をもらわなくて済む方法も見つかるかもしれない。
はっきりと断らなかったことで、神路は俺の思考を読み取ったようだ。
「あなたの身柄は、神殿で預かるべきです。確かに生気を分け与えてもらっている状況ですが、現在全力を持って呪いを解く方法を探しています。方法を試すために、すぐ傍にいてもらう必要がありますので、神殿にいるのが一番です」
「……それも、そうですね」
方法を探してくれているのであれば、神殿にいた方がスムーズにいくか。神殿にい続けた方がいいか。すぐに考えを変えると、神威嶽が愉快そうに笑った。
「俺のところに来るのは嫌か?」
「嫌ということではなく、迷惑をかけられませんので。……あ。それ」
話の途中だったが、俺は別のところに視線がいった。まだ掴まれたままだった神威嶽の袖が重力に従って落ち、そこから俺が作ったバングルが見えた。
渡した時につけているところは見たが、こうして今も身につけているのを知ると、胸がむず痒い。
「つけてくれているのですね。嬉しいです」
気に入らないものをわざわざつけ続けるほど、優しい性格はしていない。気に入ってくれているからこそだ。
そう考えたら、口元が緩むのを隠せない。
「あ、ありがとうございます」
緩んだままお礼を言えば、また場が静かになる。お礼を言ったのは変なことでは無いはずなのに。
どうしたのかと戸惑っていれば、神威嶽は掴まれていない方の手を口に当てて呟いた。
「……やっぱり、俺のところに来ないか?」
「許可するわけないでしょう」
神路の冷静なツッコミはほとんど耳に入ってこず、俺はただバングルだけを視界に入れていた。
どんな話し合いがなされたのかは知らないが、結局俺の身柄は神殿預りのままになった。特に問題は無いので、とりあえず受け入れた。
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