殻を破る
「聖歌隊の人、練習に来るんじゃないの?」
「大丈夫。前に機材弄ったことあるし」
放課後に長門さんから誘われ、また音楽室にやってきた。
「この前、怒ってたじゃんか」
「あれは、……恥ずかったし」
暗幕の裏にある、スピーカーと機材を弄り、スマホを無線で繋げようとしていた。
「アタシ、考えたんだよね。むしろ、聞かせてやろうって」
観客はボク一人だけか。
「よしっ。これでOK」
壇上から下りて、長椅子に座る。
マイクを持ち、「聞いてて」と、笑う。
詳しいことは分からないけど、結構な距離にマイクを置き、息を吸い込む。
「――♪――」
椅子に座って、黙って聞いた。
長門さんは、本当にズルい。
普段は柄が悪くて、サイコで、いやらしいことが大好きな女子だ。
なのに、歌となると人が変わったように、鋭い声が音楽室を支配する。
同じ曲を歌っているので、聞くのが二度目なボクは気が付いた。
この曲を長門さんが気に入った理由って、自分の感情が入っているからだ。
――理想に近づいたら、現実では破滅が訪れた。
――足がなくなったけど、前を進む。
――私は生きている。
――私の人生は、私だけのものだ。
歌詞は日本の誰かが作ったものだろう。
けど、歌詞で表現されているものは、何となく長門さんの事を歌っているかのようだ。
ボク達は歌に夢中だった。
だから、後ろから迫っていた、彼に気が付かなかったのである。
「おっほ! 上手ぇじゃん!」
歌が中断され、長門さんが目を見開く。
「リクくん」
「な~に? おま、長門と二人きりで密会かよ」
ニヤニヤと笑ったリクくんが、後ろに立っていた。
ちょうど、曲が終わりを迎え、音楽室が静かになる。
「いいね。俺も混ぜてよ」
「帰れよ。豚。気持ち悪いんだよ。死ね」
「……な……だと……てめ……」
「いやいや、言いすぎだって! どうして、言葉の殺傷力が高くなっちゃうんだよ!」
リクくんは大きな体をぶるぶると震わせ、鼻息を荒くしていた。
長門さんが舌打ちをすると、マイクに舌の弾ける音が反響する。
「長門さぁ。それはないんじゃね?」
「……っせぇよ。クソ豚」
「こっちは、お前が誘うからさぁ! 来てやったんだぜ!」
「は? 誘う?」
ここ最近のストレスが溜まりまくっていたせいで、ボクは正直に思った。
こいつ、何言ってんの?
「こいつ、何言ってんの?」
ボクが考えていた事をそっくりそのまま口に出し、リクくんを指す。
「んふぅ、他の女子の誘い断ったんだからさ」
壇上に近づくリクくん。
マイクスタンドを構える長門さん。
「――いい加減、素直になれよ」
「きっしょ」
清々しいほどに、長門さんの険悪な態度は変わらず、キッパリと言い放ち続ける。
「俺、知ってんだぜ。お前さ。昨日、外でオナってたんだろ?」
つい、ボクの頭には、昨日の卑猥な一ページが浮かび上がる。
「きゃっは、来いよ。長門!」
「うわ、キモっ!」
マイクスタンドで殴られても、リクくんは両手を広げ、近寄っていく。
「ちょ、ハルくん! 助けて!」
「いいって。あんな奴。放っておいて、パコろうぜ!」
「発情期の豚がよぉ! キモいんだよ!」
スタンドで押し返すが、力では負ける。
もぎ取られたスタンドが壇上を転がり、長門さんが隅に追い詰められていく。
「ハルくん!」
あれ。
何で、ボク我慢してんの?
自分で、自分に疑問が浮かぶ。
明らかに暴走した友人を止める事を何で我慢してるのだろう。
自分の気持ちに、素直に向き合ってみると、「嫌われたくないから」という理由が返ってきた。
「う、わあああ! キンモ!」
「へぁ、へぁあっ! もう、我慢できねえ!」
両肩を掴まれた長門さん。
引き攣った表情を目の当たりにして、ボクは動いた。
――動いてしまった。
「いい加減に――」
スタンドを拾い、
「しろってば!」
リクくんの背中に目掛けて、フルスイングでスタンドを振り回す。
スタンドは狙いから大きくずれて、ふわりと持ち上がった。
スタンドの三脚が、メコッと頭にぶつかった。
「んびゅぅ!」
本当に気持ち悪い声を上げ、リクくんは前に倒れる。
その前に立っていた長門さんは下敷きになり、悲鳴が上がった。
「ぎゃあああ!」
元気な悲鳴だった。
急いで、リクくんに寝返りを打たせると、青ざめた長門さんが這い出てきた。
すぐにボクの後ろへ回り、「ひいっ。キモ、キモっ!」と、悪態を吐く。
「ぐぬ、い、ってぇな。何すんだよ」
「あのね。リクくん。君の勘違いだってば。暴走しないでよ」
「……つうぅ、こんな真似して、タダで済むと思ってんのかよ」
仰向けのまま、睨んでくるリクくん。
本当は嫌われたくない。
「っ」
後ろから二の腕を握られた。
手が震えていて、いつもの長門さんらしくない。
だからか、ボクは言ってしまった。
「前々から言ってるでしょ。ボクは、風紀委員だって!」
リクくんは、白目を剥いて気絶した。
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