ボクは見た
長門さんがやってきたのは、校舎の外だった。
位置的に、職員室の窓と向かい合う形で、じーっと窓の奥を見つめている。
「何するつもりなんだろう」
キョロキョロと辺りを見渡し、「あはっ」と嬉しげに、何かを拾い上げる。
――石だった。
「う、っげ」
野球ボールみたいに石を手の平で弄び、首だけを曲げて、職員室の窓を見つめる。
「ちょ、待っ――」
まさか、やらないだろう。
そう思うのが、普通の反応。
ところが、長門さんは絶対にやる人だった。
勢いよく腕を振りかぶり、握った石を思いっきり窓へ投げつけた。
ガチャンっ。
けたたましい音が鳴り、長門さんがダッシュで逃げる。
しかも、逃げてきた先は、ボクがいる方だった。
「ヤッバ……!」
長門さんと目が合う。
ボクは生徒玄関のそばに生えている、木の陰に隠れていた。
長門さんがくると、「詰めて」と、体を押し、一緒に木陰に隠れる。
「誰! 出てきなさい!」
職員室の方から悲鳴と怒鳴り声が聞こえた。
「きっひひひひ」
「な、何してるんだよ。こんな事したら、停学に……」
「アンタが黙ってればいいじゃん」
「君ね。ボクは風紀委員だよ? 言うに決まってるじゃないか」
「え、……言っちゃうの? ほんとに?」
「もちろんだよ」
胸倉を掴まれた。
先生が外に出てくるのは時間の問題。
なのに、この状況で長門さんがムスッとして、掴んだ胸倉を揺さぶってくる。
「なに、それ。面白くない」
「お、脅したって無駄だよ。ボクは、風紀の乱れを許さないんだ。君がどう言おうと、ボクは――」
ぐり、と顎を掴まれた。
「アタシ、見たんだよね」
「う?」
「……アンタが、石投げるの」
血の気が引いた。
まさか、ボクを脅してるのか?
「でもさぁ。ストレスってぇ、溜まるじゃん? 黙っといてあげる」
「う? うう!?」
いつの間にか、立場が逆転していた。
なぜ、ボクがやったこと前提で話が進んでいるのか。
全くもって、謎である。
「早く! 犯人が逃げるわ!」
「やべ」
長門さんに手を引かれ、木陰の裏に回る。
「う、わ」
顔に、小さな膨らみが当たっていた。
ボクは木を背にして、前から長門さんが密着する格好になる。
顔を出して奥を覗くと、長門さんはボクの肩を掴んで、一緒にしゃがみこんだ。
「誰がやったのよ!」
「不審者ですかね」
「そんなわけないでしょう! きっと、誰かのイタズラよ!」
年配のシスターが息を荒げて怒鳴り散らす。
「バーカ。クソババア。ざまあみろっての」
ボクは現在、長門さんの胸に押しつぶされる形で、仰向けになっていた。
制服からは、ほんのりと汗の臭いが漂ってくる。
それに紛れて、爽やかな香りがした。
たぶん、香水をつけているんだろう。
香水は校則違反なので、これも報告対象だ。
「う、……ふんむ……うぅ……」
いけない、と分かっている。
でも、普段のとち狂った一面がありながら、匂いに女性を感じてしまい、ボクは頭がとろけそうになった。
超スレンダーなのに、小さい胸はちゃんと膨らんでいて、柔らかい。
密着したお腹や下っ腹は、羽毛のような心地良い感触だった。
服越しではあるけど、体温を感じていると、包み込まれているみたいで、不思議と落ち着いてしまう。
「お、行った」
長門さんが離れると同時に、夢から覚めた気分になる。
「……な~に、惚けてんの?」
「べ、別に」
じーっと見下ろしてくる長門さんは、何を考えているのか分からない。
ぷにっ。
頬をいきなり突かれ、喉を鳴らしてしまう。
「そういやさ。アタシ、アンタの名前忘れちったんだよねぇ。なんだっけ? 顔は覚えてるんだけどさ。いつも見てるし」
「鈴谷、……ハルトです」
「あー、ハルくんね。了解。覚えたわ」
にっと笑い、脇をくすぐってくる。
「や、やめ、離して!」
「うりうり~っ。アタシのおかげで助かったんだからね。感謝しろ、おらぁ!」
「やめへぇ!」
体が変になりそうだったボクは、地面を這い、長門さんから離れる。
「覚えてろ!」
まるで、敵役が言いそうなセリフだった。
「わかった~っ」
軽い調子で流され、ボクはその場を後にした。
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