第23話 違和感と、バカみたいな話



「……原理はわかりません。ですが、呪病を発症させた者は、みな子供……そして、7つの歳を迎えるとともに、命を落とすのです」



 医者がやって来たのは、それから少し時間が経った頃だった。


 ここに来るまでの間、改めてこれまでの呪病患者の記録を調べた。現在治療中の者、すでに死んでしまった者……そのすべてが治ったという事実はなく、死んでしまった者に関しては7歳になると同時に死ぬ。


 確実に、死に至る病。どんな治療を施しても効果はなく、せいぜい痛み止めで気を紛らわせるくらい。



「……そんな」



 その場に膝をつき、倒れ落ちるノアリの母親を、父親が抱きしめている。母上と父上も絶句し、アンジーと先生も言葉が出てこないようだ。


 俺だってそうだ。せっかくできた友達……その命の猶予が、あとひと月と少しと言われたのだ。なにをどうしたら……



「なにか手立ては、ないんですか!? あの子を救うためなら、私なんだって……!」


「……側にいてあげてください。彼女も、安心するはずです」



 それは、治療の方法などないと、断言されたようなものだった。それは、死の宣告も同じだ。


 今のノアリを動かすのは危険だからと、ひとまず寝室に寝かせたままに。先生は、明日からの仕事に差し支えるからと帰ってもらった。むしろ今まで付き合ってもらってありがたい。


 医者は、この国でも頭から数えた方が早いくらいの名医らしいが……本人が言うように、呪病に関してはお手上げのようだった。もし解決方法があるなら、それはすでに試されているはずだしな。



「ヤーク、そろそろ休んだ方が……」


「平気です」



 ノアリがあんな状態なのに、呑気に寝てなんていられない。8歳の俺を心配するのもわかるが、そんなこと気にしなくてもいい。


 とはいえ、解決方法もないのに、このままというわけにも……今ノアリは疲れて眠っている。彼女の側についているか、それとも……



「私は少し、自宅に戻る。ノアリの好きなものや、役に立ちそうなものを持ってくるよ」


「はい……」



 ノアリの父親が、一旦自宅に戻る。ここからノアリを動かせないため、必要なものがあればそれを持ってくるしかない。


 ノアリの、好きなものを……好きなもの、か。



「……ん?」



 ふと、なにかが引っかかる。なにか、思い出しそうな……ノアリの、好きなもの。……本、か?


 そうだ、ノアリは本が好き。お気に入りの本があると、教えてもらったことがある。偶然かもしれない……が、その本の内容が、今の状況に似ている。


 確か、王子様とお姫様の物語。ある日お姫様が病に伏せてしまい、その病は治療方法がない。決して治せない、治療不可能の病。それを治すため、王子様が四苦八苦するという物語。


 そんな内容のもの、ありがちと言えばありがちだ。年端もいかない娘が、白馬の王子様なんてものに憧れるような、そんな話だ。どこにでもあるような話……しかし、なぜかその話が頭から離れない。変な違和感が、残る。



「……竜王」



 小さく、口の中でつぶやく。


 その病を治すため、その世界の守り神『竜王』の血を飲ませる……その血を求めて旅をする。冒険ものの話でもある。『竜王』なんてのは、実際に語り継がれている存在……だがそんなもの、単なる迷信。偉い人が作った、想像上の生き物だろう。


 そう、作り物……そうだとわかっているのに、なぜだか可能性を感じている。もし『竜王』なんてものが存在していたとしたら? その血はあらゆる難病を癒し、不治の病もたちまち回復させるという……それさえ手に入れば、ノアリの病だって……


 ……くそっ、バカなこと考えてるぞ俺。そんなバカバカしい話、考えるだけ時間の無駄だ。『竜王』なんて昔話の作り物、だいたい『竜王』が出てくる作品だって、それしかないじゃないか。



「でも……」



 自分の中でなにかが、訴える。解決方法のない病の前にただなにもできず突っ立っているより、バカみたいな話でも賭けてみろと。自分が感じた、変な違和感……それは、どうしてか投げ捨てられない。

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