第22話 病に伏せ



 ……あれから、1時間くらいが経った。ノアリは寝室に寝かせ、広間には俺と先生、帰ってきた母上と父上。そしてノアリの両親がいた。


 キャーシュは、別室に連れて行ったアンジーが相手をしている。キャーシュももう6歳だが、この話は刺激が強すぎると判断した。俺は、必死に頼み込んでこの場に同席している。



「……この度は、申し訳ありません」



 静まる中、先に声を上げたのは母上だ。だがその内容は謝罪で、その矛先はノアリの両親に向けられている。



「あ、頭を上げてください。謝罪などとんでもないです」


「ですが……お預かりしていたお子さんを、こんな目に……それも、私の見ていないところで。なんとお詫びすれば……」


「彼女を直接見ていたのは私です。非があるというなら、私に……」


「いいえ、普段からあの子が咳き込んでいたのを知っていたのに、なにも気づけなかったなんて……」



 ノアリの両親が、母上が、先生が……口々に、己に責任があると謝っている。


 ノアリの両親や母上が戻ってきたときには、すごい騒ぎだった。娘の変わり果てた姿に両親は絶句し、涙を流した。それが呪病だと母上が断定してからは、それからしばらくの間ノアリの側を離れようとはしなかった。


 苦しみながらもノアリは、両親に手を握られると弱々しくも握り返していた。安心したのか、それとも苦しみ疲れたのか……今は、眠っている。だから、部屋を移したのだ。


 ノアリの現状に悲しんだ後は、こうして責任が自分にあると主張。俺にとっては、そんなことはどうでもよくて……



「その話は一旦置いておきましょう。自分を責めるのは、後でいくらでも。やるべきことは、そこじゃないでしょう」



 そこへ、今まで黙っていた父上が口を挟む。今やるべきことは、責任を受け止めることではないと。わりとまともなことを言うなと思った。



「そ、そうですな。気が動転して……申し訳ない」


「いえ、無理もないです。我が子があんなことになって、私も平静でいられるか……」



 そう言って、俺を見る。あんな男でも、息子に対する情はあるということか……いや、今はよそう。癪だが、今はそんなことを考える時じゃない。


 それにしても、貴族ってのはやたら責任を気にする生き物だな……わかっては、いたが。



「あの子は……ノアリは、助かるんでしょうか」


「……わかりません。先ほども、妻が『癒しの力』を試しましたが、症状はあのまま……」



 『癒しの力』は、即死や死んでさえいなければあらゆる怪我や病を治すことができるという力。


 故郷にいた頃、そんな素振りはなかったが、王都に収集され、『癒しの力』により実際に隻腕の騎士の腕が生えてくるところを見たことがある。


 欠損した部分でさえ、元通りにする奇跡の力。それはもはや回復で済ませられるものではないかもしれないが、ともかくそれほどのすごい力なのだ。俺も、怪我を治してもらったこともあるし。


 その、力でも……呪病に、効果はなかった。



「……失礼します。キャーシュ様はお休みになりました。ノアリ様の件がショックで、泣き疲れてしまったようで」


「そう。ありがとうアンジー」



 戻って来たアンジー。キャーシュは、最初部屋に入ったときにノアリの姿を見て以来離れさせていた……が、賢い子だ。普通ではないあの姿や、騒々しくなる周りの様子から察したのかもしれない。


 ノアリの両親なんか、ノアリを前に思い切り泣いてたしな。



「それと、手配しておいた医者が時期着くはずです」


「わかったわ」



 アンジーはすでに、医者を手配していた。いくら母上が『癒しの力』を持っているとは言っても、母上は医者ではないしその力も通用しない。だから、本業の人間を呼んだのだ。


 わりと時間がかかっているが、曰く名医のようで、タイミング悪く予定が入っていたのだとか。



「ヤーク、あなたも少し休みなさい。ノアリちゃんは心配いらないから」


「平気です、ここにいます」


「ヤーク……」



 呪病についての知識は結局、ここにいるみんな聞き及んだ情報でしかない。直接看病に行った母上が、少し詳しいだろうくらいだ。


 だから、医者が来れば……なにか、回復の手掛かりがあるんじゃないだろうか。これまでには救えない人間ばかりだったが、数々の治療の末、薬ができていたり……


 だって、そうでないとノアリはあと……



「……」



 約ひと月で命を落とす……そのことに誰も触れないのは、確信のない情報を口にしたくはなかったから。それを口にしたら、悪い想像ばかりしかできなくなりそうだから……


 しかし、このまま核心に触れないわけにもいかないだろう。医者が来れば嫌でもそういった話になるだろうし、こういうことははっきりしておいた方がいい。


 あとひと月で命を落とすなんて……そんなこと、考えたくもないのに。それを聞いてしまった以上、悪い想像しか浮かばない。



「……くそっ……」



 母上やノアリの両親は自分を責めていたが、俺だってそうだ。あいつは度々この家に……俺に、会いに来ていた。同い年で、遊び相手ができたのが嬉しかったからだろう。


 初めて会ったあの日から、度々あいつは咳き込んでいた。気づけたはずだ。様子がおかしいことに。なんでもないからって、その言葉を素直に受け止めていた自分をぶん殴ってやりたい。


 あんな、見たこともない姿に。以前から、あんな風に血管が浮き出て……いや、それだとさすがに両親が気づく、と思う。現に今だって「昨日までは普通だったのに……」と嘆いている。やはり、ノアリが吐血し倒れたあの時、が原因か。


 ……なんでもいい。早く、この嫌な気持ちを、すっきりさせてくれ。ノアリは死なないと、なにかの間違いだと、誰か……

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